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ジェンダークィアによるメンズコスメレビュー100本ノック、その31です。
前回と第1回はこちら。過去回一覧は記事末尾に貼っておきます。続き物ではないので1から読む必要はありません(読んでくれたら嬉しいけど!)。以前の内容を踏まえるときはリンクを貼ります。
わたしはテストステロン投与(男性ホルモン治療)を受けているが、女性から男性への「性別移行」を目指しているわけではなく、男性ジェンダーに帰属意識はない。しかし、AFAB*1のジェンダークィアとしても、そしてわたしの生活を規定するもう一つの属性である精神障害者としても、メンズコスメが持つ可能性に注目しているので、メンズコスメの奥深い世界をより理解するために、身銭を切って100個のコスメを買って使ってレビューすることにしました。「メンズ向け」「ジェンダーレス」を明言しているブランドのアイテムを中心に、メイクアップアイテムだけではなく、スキンケア、ヘアケア、美容グッズなど幅広く取り上げる予定です。
第31回となる今回は、ゲナウ(GENAU)のBBクリームをレビューしていきます。
1.ゲナウとは、均一ショップのコスメのメリットとは
ゲナウは2024年2月26日に発売されたメンズコスメブランドである。運営元は300円均一型チェーンのスリーコインズ(3COINS)。100円均一のダイソーやキャンドゥ含め、均一型チェーンからはっきりメンズを謳ったコスメが発売されるのはわたしが知る限り初である。2024年3月現在の商品ラインナップは、洗顔料・化粧水・クリームのベーシックなスキンケアからベースメイク一式、アイブロウに色つきリップクリームといったメイクアップコスメ、ネイルオイル・ハンドクリーム・香水まで幅広い。一般的なメンズ美容に必要なものは一通りコンプリートできる。爪切りや爪やすりが一体になったネイルケアルーツ、前髪を上げるヘアターバン、メイクポーチなど、実際にメイクやスキンケアを行うにあたって必要な関連グッズも抜かりなく完備されている。
通常、メンズコスメブランドがデビューしたら、まずはベーシックなスキンケアかベースメイクコスメのうち2、3点を発売し、数カ月かけて新商品を増やし徐々にラインナップを充実させていく場合が多い。今やレッドオーシャンになりつつあるメンズコスメコーナーにいちからスペースを確保しようとすれば最初からたくさん出すのは難しいのかもしれない。しかしスリーコインズの場合、すでに全国47都道府県に路面店やテナントが大量にあり、一定の露出は保障されているため、最初からフルラインナップで飛ばしていくことができるのだろう。均一型チェーンのコスメのメリットはもちろん安価なことだ。ゲナウの登場は、男性がメンズコスメを手に取る際の金銭的ハードルを下げるであろう。
過去記事でも述べたように、メンズコスメブランドは低価格帯よりも中価格帯~高価格帯のほうが充実している。プチプラ*2と呼ぶには高いブランドが多いのだ。理由は4つ考えられる。まず一つには、シンプルに賃金格差の問題が大きいのではないか。現状、男性のほうが可処分所得が高く、多少高価でもお金を出すことができるのだと思われる。二つ目の理由は、2024年現在においては男性に対して美容を強いる外圧が女性に対するそれよりは圧倒的に弱いため、今この状況でメンズコスメに手を伸ばす男性は人並み以上に美意識が高いことが予想され、やはり多少高価でもお金を出すのではないか。三つ目の理由は、メンズコスメ業界が利益の少なくない割合をギフト需要に頼っているからではないか。男性へのプレゼントを考えあぐねて、手っ取り早く見栄えがする「ちょっといいリップクリーム」や「ちょっといいスキンケア」を求める女性は多い。ブランド側も、バレンタインや父の日やクリスマス付近では女性に向けたプロモーションを行っている。メンズ美容の市場規模は近年急速に拡大しているとはいえ、レディース美容のそれよりはまだまだ小さい。男性の財布だけではもたず、女性の財布もあてにせざるを得ない台所事情が伺える。ギフトとしても買ってもらえる高級感のある容器やパッケージを作ろうと思ったら、必然的に価格は吊り上がるのだろう。関連して四つ目の理由に、レディースコスメとの差別化コストが挙げられるのではないだろうか。過去記事で述べてきたように、多くのメンズコスメブランドは、男性の心理的抵抗を軽減するためにメンズコスメとレディースコスメの差異を強調してプロモーションする。「女性に比べて男性の肌悩みは繊細」「女性のようなカラフルなメイクではなく自然なメンズメイク」などと男性の肌やメイクを特別視する方向性もあれば、商品デザインに寒色や直線を多用して「マニッシュ」「クール」「高級感」を演出する方向性もあり、いずれにせよレディース美容にはないコストがかかる。よって、メンズコスメブランドは、デパコス*3というわけではなくても高価格帯の層が厚いのだ。
しかしこの不景気と物価高である。賃金格差はあれど、男女問わず生活が苦しい人はたくさんいる。コスメだって安いほうがそりゃいいだろう。また、近年はリモートワークが普及して、画面で自分の顔を見る機会が増えたことでビジネスの場での容姿を気にする男性が増えたという。ゲナウ開発者のインタビューでも、オンラインミーティングによる意識の変容について言及がある。
コロナをきっかけに、オンライン会議などの画面越しでのやりとりが増えました。今まで鏡を見る機会が少なかった男性も、オンライン化が進んだことで自分の顔を見ることが増えました。
(乾さん)今まで身だしなみを気にしていなかった方も、自分の顔を見る機会が増えたことで、美容に対する意識が高まったようです。
確かにここ数年、ドラッグストアやデパートコスメでも、メンズ美容アイテムを見かける機会が増えましたよね。中高生やビジネスマンなど、年齢を問わず需要が増えているのがわかります。
オンラインミーティングきっかけで美意識全般が向上して自発的にメイクを行うようになった人もいるだろうが、そうではなく、ビジネスの場で身だしなみの一環として行うのであれば、それは趣味ではなく義務に近い。義務でやるのであればできるだけ安く済ませたい人も多いだろう。また、均一ショップのコスメは量が少ないので、たまにしかメイクをしないのであれば、使い切りやすくてコストパフォーマンスがいいと感じられるかもしれない。これは女性ジェンダーにおいても同様で、普段メイクをしないが就活などでどうしても必要なときは百均で少額・少容量のものを都度買ってすませる人は多い。
また、コスメコーナーに行かなくて済むのも均一ショップのコスメのメリットである。ドラッグストアのコスメコーナーには心理的抵抗がある人も、均一ショップで日用品の延長として売られているのであれば比較的手に取りやすいだろう。
このように、均一ショップのコスメブランドには一定の需要があるのである。
2.均一ショップのコスメの歴史
古くは江戸時代からあった均一低価格店が、現在の100円ショップの業態に近づいたのは1980年代である。「100円ショップ」を名乗る初の固定店舗が出現したのが1985年、のちに業界最大手となる大創産業が常設店をオープンしたのが1991年のことで、バブル崩壊後の不況も相まって急速に生活に浸透した。商品の多くは安価な輸入品であり、安かろう悪かろうのイメージは否めなかったが、2000年代に入ってからはプライベートブランドも充実するようになり、低価格ながらも一定の品質が期待できるようになる。
コスメ分野においては、2010年代後半からのSNS文化が発展に寄与したと感じている。わたしが人生で初めてコスメを買ったのは大学1年生のときの2014年で、コスメに興味は薄いながらもアルバイトのためにダイソーで購入した。当時の百均コスメは安いだけが取り柄といった雰囲気で、聞いたことのないブランドのものが多かった記憶がある。しかしその後、X(当時Twitter)やインスタグラムといったSNSが急速に発展し、コスメのレビューを行う「美容垢」の文化が花開く。若い女性を中心に、人々は日夜コスメ情報を交換するようになり、巧みな紹介文は「バズ」状態になり多くの人の目に触れるようになる。高価なデパコスの情報は雑誌などの従来の美容メディアに溢れているが、プチプラコスメ、中でも百均のコスメの情報はそうではなかった時代である。玉石混交の百均コスメから見つけ出した掘り出し物は、高級感にこそ欠けるが、デパコスにはない目新しさがあった。むしろ、大人女性のものというイメージが根強かったデパコスに比べて、自分たち若者の手で発掘した若者文化の産物であるとして付加価値すらあったかもしれない。若者の貧困が叫ばれる中、デパコスを買うことはできない中高生・大学生でも、百均コスメならたくさん買うことができる。買ってレビューして、優れたレビューであればバズることもできる。均一型チェーンは、都会から地方、駅ビルのテナントから郊外のロードサイドまで全国津々浦々に多数の店舗を展開して商品そのものを広告代わりとばかりにばら撒く戦略を取っており、CMやWeb広告を持たない企業が多い。百均コスメのレビューは無から有を作り出す作業であり、書くほうも見るほうも新鮮味を感じられた。2010年代後半に、百均コスメは安いから買うだけのものではなく、レビューを見てわざわざ探しに行くものへと変化したのではないだろうか。
2010年代後半の美容垢の文化として特筆すべきものの一つが、ハッシュタグ「#限界コスメ」である。Xで「オタク」風の大仰な語彙を用いておすすめのプチプラコスメをレビューする文化で、2018年初頭に生まれて息長く流行り続け、雑誌にも特集された。
andGIRL2018年6月号の特集。この号のタイトルは「ケチケチしててもキラキラできる!」という身も蓋もないもの。他紙でも同様の特集が多数見られた。
#限界コスメ の原義は「『推し活』にお金を使いたいから美容代は限界までケチりたい人間のためのプチプラコスメ」であり、「血色感を出すためにチークの代わりに自分をビンタする」「輪切りのきゅうりを顔に貼ってパックにする」など荒唐無稽なものも見られた。しかしハッシュタグ発生当初からプチプラではない高いコスメをおすすめする人はおり、しかし文体がオタク風の大仰なものであれば広義の限界コスメコンテンツとして面白がられていた記憶がある。このようにオタクによる美容語りが流行した背景には、当時の「女性オタク」の多様化がある。オタクといえば垢抜けず「ダサい」イメージが先行して、美容に手をかけること、ましてそれを公言することに気恥ずかしさが漂っていた時代が過ぎて、オタ活同様に美容も楽しみたい/楽しんでいる女性の存在感が増してきたのだ。先述した美容垢文化の隆盛を下敷きに、 #限界コスメ が浸透するに及んで、美容に手をかけることはオタ活と同様の趣味としてフラットに捉えられるようになったのである。このあたりの変化は、女オタクユニットの劇団雌猫のメンバーであるひらりささんの筆に詳しい。
劇団雌猫の活動もまた、過度な自虐や男性目線のセクシズムを含まない、新しい時代のオタク女性像の認知向上に寄与したと言える。2018年11月に発売されたコスメオタクのエッセイ・インタビュー集『だから私はメイクする 悪友たちの美意識調査』はのちにコミカライズ・ドラマ化もされた。
女性オタク像が、ダサく垢抜けないネガティブなイメージから、美容含め趣味を楽しみ主体的に人生を謳歌するポジティブなイメージへ。これは、のち2020年代のメディア総出の「推し活」賛美の風潮に繋がるような大きな変化であろう。
前置きが長くなったが、百均コスメである。安価かつ掘り出し物としての付加価値も高い百均コスメは、頻繁にレビューに取り上げられ、いくつかはバズって欠品まで引き起こした。#限界コスメ をはじめとするムーブメントに乗って評判になった百均発コスメを、いくつか振り返ってみよう。
元祖百均コスメの一つが、2017年前後にバズったダイソーのハナタカパウダーであろう。聞き慣れない商品名だが、要はハイライトパウダーである。鼻筋含め顔に立体感を出すことができるハイライトはドラッグストアにもあったが、「鼻高」という直観的なネーミングがウケたのだと思われる。ただのピンクベージュのスティックアイシャドウが「涙袋ライナー」と名づけられたことでヒットする例のように、ネーミングの妙によって既存のコスメが目新しいものとして再発見されてウケる例は多い。
ハナタカパウダーは数年前に廃盤となっているが、ネット上に残っている情報によるとエルファー(ellefar)というブランドの商品だったらしい。百均コスメにおいてはブランド名があまり意識されず、展開店舗の名前で認識されることは珍しくない。
ダイソーからは酒しずくのスキンケアシリーズも評判であった。日本酒成分を配合しており、菊正宗の有名な日本酒化粧水の下位互換としても流行した。
スキンケアでは、ほかにもスポイト容器の美容液がバズった。55ミリリットルと少量ながら、100円という低価格でいろいろな成分を試すことができると評判だった。とりわけ、ローヤルゼリー美容液をヘアケアに使うのが裏ワザとして流行した。
フェイスパックの上からかぶせて水分蒸発を防ぐシリコンマスクは、現在はいろいろなブランドが出しているが最初は百均のアイディア製品として認知されたと記憶している。
2019年4月には、ダイソーからオリジナルコスメブランドのユーアーグラム(UR GLAM)がスタート。どの商品も安定した人気があるが、とりわけアイブロウペンシルは100円とは思えない名品とされている。
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2020年代になってSDGsという言葉が浸透すると、大量生産・大量消費のイメージのある百均の製品は風当たりが強くなる。しかしダイソーが2021年3月に新しい業務形態としてサスティナビリティを重視したスタンダードプロダクツをオープンするなど、均一型チェーン各社も負けてはいない。スリーコインズのアンドアス(and us)、セリアのACなど、ヴィーガンコスメブランドを擁する百均も今や多く、(実態はともかく)イメージとしてのエシカルさは担保されているのである。
スリーコインズのヴィーガンネイルは過去記事でレビューしています。
3.使ってみた
さて、ゲナウのBBクリームである。ブランド名のゲナウ(GENAU)とはドイツ語で「ちょうどいい」を意味するそう。
価格:550円 容量:25グラム
価格はスリーコインには収まらず、税込み550円。オンラインショップもあるが、最低購入金額の縛りがあったり送料無料ラインが高かったりして使い勝手はよくない。やはり店舗でふらっと買うのが想定されているようだ。
容器はスクリューキャップのチューブ容器で、ベースメイクアイテムとしてはよくある形態。
パッケージはこちら。
カラーバリエーションは1色のみ。特徴は、クリーム自体は白色で、馴染ませるとカラーカプセルが潰れてベージュ色が出てくる仕組みになっていることである。
手の甲だとわかりにくいが、真っ白なコットンに出してみるとよくわかる。クリームを軽くならすと茶色の細かいカプセルが見える。さらに強く潰すと色味が出てくるのがわかる。
この特徴を指して、公式では「お肌にのせると色が変わるカラーカプセル入りなので、肌馴染みが良くナチュラルに仕上がります!」と謳われている。しかしこれはよくあるミスリードで、肌に乗せてからベージュになる仕組みであろうと含まれている顔料が変化するわけではない。よって、カラーカプセル入り「なので」ナチュラルに仕上がる、と因果関係で接続するのは厳密には不適切ではないだろうか。つまりカラーカプセル入りにしたところで仕上がりに大差はないはずなのだが、それでもカラーカプセル方式にするのは、一見してベージュ色にしないことで、見た目のコスメっぽさを和らげる意図があるのではないだろうか。過去記事でたびたび述べてきたように、メンズコスメブランド各社はコスメの女性向けのイメージを払拭するためにさまざまな工夫を凝らしている。従来的なベースメイクアイテムが(日本のブランドの場合、マジョリティである日系日本人の肌の色としての)ベージュ色が多いのであれば、メンズコスメはベージュ色ではなくするのも工夫の一つなのではないか。
カラーカプセル方式のベースメイクコスメを出しているメンズコスメブランドはゲナウだけではない。わたしが知る限り、uno(ウーノ)とザフューチャーとジバンシィミスターがカラーカプセル方式を採用している(以前リップスボーイも出していた気がするが今はネット上に情報がなく、廃盤になったかわたしの勘違いかです。情報求む)。
unoのフェイスカラークリエイター ナチュラルは、ゲナウと同じく見た目は白色で、馴染ませる過程でカラーカプセルが潰れてベージュ色の顔料が出てくる仕組み。
unoはメンズコスメレビュー100本ノックその5でリップクリームのオールインワンリップクリエイターを取り上げた。このリップクリームもレディースコスメらしさをなくすために本体がピンク色ではなくグレーをしていたので、発想としては同じである。
ザフューチャーのカラーチェンジBBクリームは、「もう、色で迷わない どんな肌色にも変化する多機能BBクリーム」という触れ込みだが、先述したようにこれはミスリードなのではないか。見た目はゲナウとunoと同じく白色。
ジバンシィミスターのミスターヘルシーグロウジェルは、透明なジェルにイエローとブラウンのカラービーズが配合されたユニークな見た目をしている。
ジバンシィミスターはフランスのラグジュアリーブランドのジバンシィのメンズビューティーラインだが、製品ラインナップと日本での取り扱い店舗は縮小傾向であり、売れ行きは芳しくないのかもしれない。
ゲナウのBBクリームを、実際に使ってみたのがこちら。
基材がジェル状の瑞々しい質感で、カバー力はかなり低い。メンズコスメレビュー100本ノックその1で紹介したZUQUUUN BOYS(ズキューンボーイズ)のBBクリームと比較しても、ZUQUUUN BOYSのような一般的なBBに比べて透け感があるのがわかる。下の素肌が透けるがゆえに「肌馴染みがよくナチュラルに仕上がります」ということなら商品説明にも納得がいく。
左がZUQUUUN BOYS、右がゲナウ。
しかし反面、肌のアラはほとんど隠れないので物足りなさが残る。トーンアップ系の日焼け止めのほうがまだカバーしてくれると思う。メイク初心者には薄づきのほうがいいのかもしれないが、あまりにも変化がないとメイクを継続するモチベーションになりにくいのではないだろうか。550円なので、とりあえず顔になにかを塗るのに慣れる目的で買うのがいいかもしれない。
以上、ゲナウのBBクリームについてでした。
メンズコスメレビュー100本ノックの過去回一覧はこちらからどうぞ。