最終更新:2023.7.16
ジェンダークィアによるメンズコスメレビュー100本ノック、その3です。
過去回はこちら。
わたしはテストステロン投与(男性ホルモン治療)を受けているが、女性から男性への「性別移行」を目指しているわけではなく、男性ジェンダーに帰属意識はない。しかし、AFAB*1のジェンダークィアとしても、そしてわたしの生活を規定するもう一つの属性である精神障害者としても、メンズコスメが持つ可能性に注目しているので、メンズコスメの奥深い世界をより理解するために、身銭を切って100個のコスメを買って使ってレビューすることにしました。「メンズ向け」「ジェンダーレス」を明言しているブランドのアイテムを中心に、メイクアップアイテムだけではなく、スキンケア、ヘアケア、美容グッズなど幅広く取り上げる予定です。
今回は、ORBIS Mr.(オルビスミスター)のネイルケアプロテクターをレビューしていきます。
ネイルという美容行動の特殊性
ORBIS Mr.のネイルの話をする前に、まずネイルという美容行動自体について書いておきたい。ネイル(マニキュア*2でもジェルネイル*3でも)は、顔に施すメイクとは違って、日常的に自分で視認することができる。色やデザインの自由度もメイクより高く、描き換えも容易だ。それに、とくに女性ジェンダーにおいては、社会的な要請から自由である。アパレルなど美容服飾関係の職でない限り、ネイルが仕事の場で求められることはない。むしろ禁止・制限されている職場のほうが多いだろう。ネイルは、美容行動の中でほぼ唯一、社会的抑圧として強いられることがない、パンクな美容なのである。女性向けとされてきた従来の美容の仲間のように見えて、実は枠の外にある。だから、意外とメンズ美容の第一歩として向いているのかもしれません。
こちらは男性がネイル(ネイルサロンでのジェルネイル)を体験してみたレポ。「ネイルに深い意味なんてない。かわいい、かっこいい、楽しい、と感じたからやる。それだけだ!!」とある通り、初めてネイルをしてみた男性の瑞々しい感覚が描かれている。
もちろん、職業や環境によっては男性のネイルはメイク以上に許されないし、白い目で見られる可能性もある。しかし自宅でセルフで行うマニキュアなら、土日とか休日だけ楽しんで平日は落とすことも可能です(マニキュアの耐久性はおおむね3~7日くらい)。試してみる価値、あるんじゃないでしょうか。
ORBIS Mr.とは
今回レビューするORBIS Mr.は、女性向け国産コスメブランドのオルビスの、2017年に誕生したメンズラインである。
まずはホームページを見てみる。
トップに踊っているキャッチコピーは、「作らず、繕わず。あなたらしい自分へ、ここから。Not making, not mending. From here to yourself as you are.」というもの。ここからは、(女性のメイクとは違って)取り繕うのではなくその人本来の美を生かす、という、前回の記事で紹介したFIVEISM×THREE(ファイブイズムバイスリー)と同じ方向性が見て取れます。男性の抵抗感を軽減するために、メンズメイクは女性のメイクとは違うものであると差別化し、メイクしているとはバレない自然なメイクが可能であると強調する方針ですね。女性を劣位に置き、メイクしているとわかるような姿をしている男性を「ゲイっぽい」「オカマっぽい」と蔑んできたこの国の伝統に乗っかる形です。この社会にミソジニーとホモフォビアがある限り、多くの国産メンズコスメブランドは程度の差こそあれこのような方針にならざるを得ないのではないでしょうか。
キャッチコピーの下にはさらに文章が続きます。
おおざっぱだけど繊細で男らしくいたいけど悩む時もある。
思う以上に繊細な男心は、自分らしさにフタをしながら
ジレンマの連続を生きているー
目指すものは何通りあったっていい。
矛盾を抱えながら毎日をタフに生きるあなただけの魅力を
ORBIS Mr.がひそやかに、ときに大胆に引き出します。
ありのままのあなたに出会えたとき
あなたは今までよりずっと、力強く進んでいける。
「あなただけの魅力」「ありのままのあなた」と、その人本来の美なるものがあるとする本質主義がここにも見て取れます。「男らしくいたいけど悩む時もある」とはパワーワードですね。悩むのは男らしくないってか。けれど、「男らしくい」ることは「自分らしさにフタをしながら」生きることでもあると。この世界観においては自分らしさとは男らしさと相反するものなんですね。しかしORBIS Mr.は、そんな秘められた自分らしさをうまいこと引き出してくれると。自分らしさを表出することができたら、その人は「今までよりずっと、力強く進んでいける」んだそうです。男らしさと自分らしさが対立関係にあるということは、「自分らしさ」イコール「典型的な男性ジェンダーから逸脱した行動」と読めますし、そんな「自分らしさ」を表出することは、社会全体にとってもその人自身にとっても望ましい一歩ではあるでしょう。しかしそこに至るまでの道筋が「大胆に」「力強く」といったいわゆる男性的な語彙で表現されているため、さほど目新しいことをしているようには聞こえずスルッと入ってくるのが心憎い。
この文章の下には、BRAND VALUEと題して「Mr.の3つの約束」が続きます。
VALUE01 SIMPLE
「男らしくいたいのに時には悩むときもある」
「かっこよく見せたいけど頑張りすぎるのはかっこ悪い」
そんな男性の心模様に寄り添い、構わず自然体でいることを大切にしています
毎日使うものだからこそ、機能的な美しさを追求し、普段の生活を彩ります
VALUE02 DISCOVERY
ひとりひとりにもともと備わっている、個性や魅力を引き立てて、より磨きをかける
自信にあふれたその表情は今までにない新しいあなたの発見
Mr.のスキンケアは、ベタつくのに乾燥する複雑な男性の肌へ3ステップでアプローチ
つい触れたくなる清潔透明肌へ導き、新しいあなたへと後押しします
VALUE03 FRAMELESS
性別、年齢。そんな既成概念の枠を超えて、
ひとりひとりが持っている個性を存分に発揮し自分自身の可能性を自由に広げる
Mr.のメイクは、それぞれが持つ顔の印象を覆い隠すのではなく活かすことで
あなた自身がもつ魅力の可能性を最大限引き出します
ちなみにこの「3つの約束」なんですけど、画像にカーソルを合わせたときしか表示されない仕様になっていて、うまくコピペできなかったのでわざわざ手打ちで転記しました。カーソルの下に隠れてるのは男の本音の比喩だからか??
VALUE01は製品全体のコンセプトですね。毎日使うものだからこそ機能的って、それはレディースコスメもそうあってほしいのだが。レディースコスメにおいて機能性が強調されないのは、メイクは女性ジェンダーの義務とされているので不便感があっても軽視されるからだろう。しかし一方で男性ジェンダーにおいては、機能的であることはメイクという革新的な行動においても生産性が問われている証のようでもあり、むしろ抑圧的であるとも読めるのではないでしょうか。たとえばレディースコスメにおけるラデュレの花びらチークみたいに、ビジュアル重視であまり役に立たないメンズコスメも、いずれは出てくるのかもしれません。ドラゴンの裁縫箱みたいなパッケージのメンズコスメとか……。
レディースコスメの一昔前のパケ買いコスメ(中身よりも容器の美麗さが魅力であるコスメ)といえば通称「花びらチーク」などで知られるレ・メルヴェイユーズ ラデュレであったが、みんな写真で見るだけであまり買わなかったのか、コスメ部門は2022年に日本撤退してしまった(カフェ部門は継続)。
レ・メルヴェイユーズ ラデュレのクリスマスコフレ - バラの花弁の形をしたチークや扇子型のパレット - https://t.co/zDMM9pS83d pic.twitter.com/UkQqTEyTGt
— Fashion Press (@fashionpressnet) 2017年10月18日
近年は韓国コスメ・中国コスメから多くのパケ買いコスメが輩出されている印象がある。過去記事でレビューしたムジゲマンションの絵の具リップやアルテシンサの彫刻リップもパケ買いコスメですね。
VALUE02はスキンケア製品のコンセプト。やはりここでもその人本来の魅力があるとする本質主義があり、「(女性より)複雑な男性の肌」という女性との差別化がなされています。
VALUE03はメイクアップ製品のコンセプト。「性別、年齢。そんな既成概念の枠を超えて」とあるので、老若男女問わず希求していく姿勢が見て取れます。これはFIVEISM×THREEもそうだったが、メンズコスメはジェンダーレスと同時にエイジレスも謡いがちである。これは、メンズコスメが比較的新しい現代的なプロダクトであるがゆえに、よくも悪くも現代的な価値観を反映せざるを得ないからかもしれません。この現代においては、純粋に男性だけにターゲットを絞ることは(実態はともかく建前の上では)もはや許されず、幅広い姿勢が求められるわけである。男性が社会的強者とされているからには、「メンズコスメに多くを背負わせすぎている」といった批判も起こらなさそうだ。
印象の高い光、低い光
さて、そんなORBIS Mr.だが、レディースコスメでよくある、よく読むと何言ってっかわかんねえ謎の広告だけはきっちり踏襲しているので見てみましょう。
2023年3月のリニューアル後にどこが変わったのかを書いてある項目に注目。
業界初新発見*1!
好印象な男性肌には頬全体に入る柔らかい光=ツヤが重要だった*2
オルビスミスターは「清潔感・爽やかさ・若々しさの“印象”」と「肌」の関係を科学的に検証し、そのカギは、肌がポジティブな光=ツヤをまとうことと、黄ぐすみがないことにあると分かりました。従来の男性肌ケアでは、テカリを取り除くためにツヤまでも失われてしまいがちでした。しかし、“印象”の高い肌に必要なのは肌から光を取り去ることではなく、スキンケアでツヤを生み出し、くすみをケアして明るい肌を目指すことだったのです。
*1 2022年12月22日時点で、科学文献データベースPubMed及びGoogle scholarにより国内化粧品業界において該当文献がないことを確認(ポーラ化成研究所調べ)
*2 男性の顔画像を用いた印象評価において、基準画像に対して、頬全体に輝度分布がなだらかな光(ツヤ)があると、爽やかさ印象が高く評価されたこと
カサカサした肌よりもツヤがある肌のほうが若々しく見えるのは誰しも感覚としてわかっていると思いますが、意外と該当文献はなかったらしい。そこをORBIS Mr.が「業界初新発見」したと……。本当か??? そして「“印象”の高い肌」という謎の日本語。比較画像まであります。
この謎日本語については、広告業界にいたフォロワーさん(鍵垢)が考察してくれています。
新規性を出すために謎のキャッチコピーや謎理論や謎日本語を繰り出すのはコスメ広告あるあるなのですが、メンズコスメの広告の場合は他社製品との差別化に加えてレディースコスメとも差別化しなければいけないので大変そうですね。
レビュー オルビスミスターのネイルケアプロテクター 04 ドーンザナイト
価格:1320円 容量:10ミリリットル
さて、ORBIS Mr.のマニキュアである。商品名はネイルカラーではなくてネイルケアプロテクター。爪の手入れになることと爪を守ることという2つの機能性がアピールされていますが、成分などを見る限り普通のマニキュアと変わりはなさそうだ。オルビスのレディースラインにかつて存在したネイルケアプロテクター(現在は廃盤)との違いは不明。
仕上がりは「ハーフマット」で、若干のツヤを残したツヤ消し仕上げ。レディースネイルだと「ガラスのようなツヤ」「グロッシー質感」などとツヤが強いことがアピールポイントになることが圧倒的に多いが、メンズネイルにおいては輝きすぎないことがアピールポイントになるようだ。バレない自然さ重視だからですね。これはCHANELのメンズラインであるBOY DE CHANEL(ボーイドゥシャネル)のネイルも同様である。ボーイドゥシャネルは現在2色のマニキュアを出しているが、2色ともマット仕上がりです。
ORBIS Mr.は4色を出しており、01番は自爪に馴染むピンクベージュカラー、02~04番はアクセントカラーである。01番は「“塗ってる感”を感じさせない」とあり、やはりここでも「メイクしてるとバレない」ことが重要視されています。
02~04番は「80年代のCITY BOYたちが愛したミュージックシーンから着想を得た、より個性の幅を広げる」色だそう。シティボーイという言葉が揶揄の文脈ではなくストレートに使われているのはもはや珍しいのでは。ORBIS Mr.に限らず、多くのメンズコスメの広告の男性像は、都会的なライフスタイルを前提としていることが多い。平たく言うと、ホワイトカラー男性しか対象にしていないのだ。
今回わたしが買ったのは、04番のドーンザナイト。「どんなに真っ暗な道のりでもいつか必ず夜明けはやってくる、そんな期待と希望の夜明けを表現した、濃密なブルー」だそうです。
パッケージはこんな感じ。
パッケージ裏にも公式サイトにもとくに使い方などは書いていない。一般的なレディースマニキュアはベースコート塗布(色素沈着を防いだり色持ちをよくしたりする)→二度塗り→トップコート塗布(ツヤを出したり強度を上げたりする)の流れで使うものが大多数だが、ORBIS Mr.のネイルラインはベースコートやトップコートの展開がない。ということは、ベース・トップ不要でそのまま塗ることができるオールインワンタイプなのでしょうか。トップコートを塗らないほうが、こだわりの「ハーフマット」質感を活かすことができそうだ。【2023.7.11 追記】公式サイトに「使い方は簡単、爪にそのままひと塗りするだけ。」とありました。ベースやトップは不要のようです。
とりあえず、わたしの手に塗ってみましょう。
塗ってみると不透明な色で、一度塗りと二度塗りで色合いは変わりませんでした。写真は二度塗りです。
グレーを混ぜたネイビーといった感じのスモーキーブルーですね。
質感は、ツヤを売りにしているレディースマニキュアよりはツヤが少ない気もするが、ほぼツヤ仕上がりといっていい気がします。思ったよりマットではなかったです。
公式サイトの着画はこちら。女性が男性に塗ってあげている図に見えるのはうーんって感じですが、実際身近な女性に勧められて/後押しされてメンズ美容を始めるのはよくあることなのでしょう。「女性でも使いやすい色味」とは、実際問題女性にも訴求しないと苦しいメンズコスメの台所事情を示しているのかもしれません。
日常の何気ない手元・指先の仕草を魅力的に演出する、ネイルケアプロテクター。
— オルビス ミスター(ORBIS Mr.) PR担当【公式】 (@orbis_mr) 2023年1月13日
男性だけでなく、女性でも使いやすい色味なので一緒にネイルを楽しんでいたけると嬉しいです✨
---------------------#オルビスミスターネイルケアプロテクター
1,320円(税込)全4色 pic.twitter.com/7zHywlKgbC
また、2021年11月の銀座ロフトの着画を見てみましょう。
そう、ネイルはなにも隅から隅まできっちり塗らなくても、アートっぽく「塗りかけネイル」にしてもいいのだ。これなら不器用でもいけそうじゃないですか?
なお、公式サイトには書いていないようだが、マニキュアなので落とすときは除光液(ネイルリムーバー)で拭き取る必要があります。ここらへんは初心者向けにちゃんと言語化してほしいところですよね。除光液にはアセトンという強力な薬剤が含まれているものと含まれていないものがあります。アセトンが入っているほうが素早く落とせるが、爪の油分まで除去する作用があるので爪が乾燥する。アセトンが入っていないと落ちるのは遅いが、爪の健康にとってはいい。どちらを選ぶかは個々人の爪の強さやライフスタイルと相談といったところだ。わたしはADHDなので、アセトン入りで豪快に落としてあとからハンドクリームでも塗っておく方針でいます。
おすすめのアセトン入りのリムーバーはDucato(デュカート)のネイルエナメルリムーバーFです。220ミリリットル572円。よく落ちる。
Ducatoのリムーバーはドラッグストアやバラエティッショップのネイル用品コーナーにしかないのでハードルが高いと感じるならば、ローソンで買えるインテグレートのトリートメントネールリムーバーNもおすすめ。200ミリリットル440円。よく落ちる上に除光液特有のシンナー臭が少ない。
以上、ORBIS Mr.のネイルケアプロテクター 04 ドーンザナイトについてでした。
次回のメンズコスメレビュー100本ノックは、ギャツビー ザ デザイナーのオールインワンネイルを取り上げます。
関連記事
*1:assigned female at birth の略。出生時に女性を割り当てられること。出生時女性。AMAB=assigned male at birth は出生時に男性を割り当てられること。
*2:マニキュアは、工業用のラッカー塗料に近い着色料を有機溶剤を溶いた液体で爪を装飾すること、または装飾する液体を指す。素人でも簡単にできるが、日常生活の中で自然に欠けたり剥がれたりして剥落しやすい。
*3:ジェルネイルは、LEDライトで硬化する性質のある合成樹脂で爪を装飾すること、またはその塗装する液体である。一度硬化した樹脂は自然に剥落することはまずないので頑丈。自宅でできるキットもあるが、ネイルサロンでプロにやってもらうのが一般的である。