敏感肌ADHDが生活を試みる

For A Better Tomorrow

2024年12月1日(日)の文学フリマ東京39でエッセイ本を販売します&障害者割を実施します【本文サンプル】

 

 

 

2024年12月1日(日)に開催される文学フリマ東京39にて、エッセイ同人誌『増補 クィアネスとメンタルヘルスのアイデンティティ・ゲーム』を販売します。通常価格1500円、障害者割1000円です。

 

 

2024年5月の文フリ東京38で販売した初版に大幅加筆した増補版となります。

サークル名は「呉樹直己」、ブース番号はL-04です。

Webカタログはこちら。

 

c.bunfree.net

 

文学フリマ東京39の開催地は東京都江東区の東京ビッグサイトで、最寄り駅は国際展示場駅(りんかい線)もしくは東京ビッグサイト駅(ゆりかもめ)です。入場料1000円が必要です。

イベント公式サイトはこちら。

 

bunfree.net

 

イベント公式X(Twitter)はこちら。

 

 

イベント後は通販および書店販売を実施する予定です。

 

この記事では、文学フリマに初めて来る人向けのイベント案内と、わたしが販売する本の紹介、初版との違い、障害者割引、チャリティステッカー販売、取り置き・通販・電子化・よくある疑問など、イベントを楽しみわたしの本を買っていただくのに必要な情報をまとめました。末項に本文サンプルもあります。目次から必要な項目に飛んでご覧ください。

 

 

 

 

1.文学フリマとは

文学フリマとは、小説・短歌・俳句・詩・評論・エッセイ・ZINEなど、広義の文学に属する創作物を作り手自らが直販するイベントです。非公式の略称は文フリです。ジャンルとしては同人誌即売会ということになるでしょう。

年数回、屋内の広いイベントスペースで開催されます。今回わたしが出店する文学フリマ東京39は、東京都江東区の東京ビッグサイトで開催されます。会場内は細かく区切られてブース番号が振られており、それぞれのブース内で作り手が作品を用意して販売をします。客は会場内を自由に見て回ることができます。

 

販売物はわたしのようなアマチュアによる作品が多いですが、大手出版社や商業作家も出店していたりするので、全体のクオリティは高いです。もちろんクッソしょうもない作品もあるでしょうが、玉石混交の中から出会いを楽しむのもこの手の即売会の楽しみの一つとされています。

 

2.文学フリマ東京39イベント概要

今回わたしが出店する文学フリマ東京のイベント情報は以下の通りです。

 

日時:2024年12月1日(日) 12:00-17:00(最終入場16:55)

場所:東京ビッグサイト 西3・4ホール

〒135-0063 東京都江東区有明3-11-1

最寄り駅:国際展示場駅(りんかい線)、東京ビッグサイト駅(ゆりかもめ)

入場料:1000円

 

文フリ東京は例年、東京都大田区の東京流通センターで開催されていましたが、今回から東京ビッグサイトに移動したので注意してください。

 

事前にネットで購入する前売チケット、現地で購入する当日チケットともに1000円です。詳細は公式サイトへ。

 

bunfree.net

 

チケットは入場順とは関係がなく、事前に買ったら早く入場できるわけでもありません。行けるかどうか当日に体調と相談したい人は、無理に事前に買わなくても大丈夫だと思います。当日券も数量限定ではないので、時間内に来場すれば買うことができます。

 

今回どんな本が販売されるのかは、Webカタログで確認することができます。わたしも載っています。事前にいろいろ見て、好みのジャンルが集まっているエリアなどの検討をつけておくと、当日会場でスムーズに買い物できます。

 

c.bunfree.net

 

会場のバリアフリー情報は東京ビッグサイト公式ページに詳しいです。駅からは車椅子で来場できます。多目的トイレもあります。

 

www.bigsight.jp

 

 

 

3.本の内容

『増補 クィアネスとメンタルヘルスのアイデンティティ・ゲーム』はエッセイ同人誌です。短歌の連作も載せています。ブログをすでに読んでくださっている方も初めましての方も楽しんでいただけると思います。

 

本の内容はざっくり以下の2つです。

 

①精神障害者ルームシェアについて

双極性障害を患う「先生」と共同生活をして4年になるので、総括をしました。会ったことがない状態で同居を打診され、初対面から2カ月で引っ越した共同生活の様子は、過去記事にも何度も書いています。今回の本では、先生との生活を振り返りつつ、この資本主義社会・新自由主義社会で再生産労働をアイデンティティとすることについて総括を行います。

 

www.infernalbunny.com

 

www.infernalbunny.com

 

②男性ホルモン治療について

2022年3月から、テストステロン注射(男性ホルモン治療)を受けています。2年と少し継続してきて感じたことや、実際の変化などをまとめました。ただの体験レポではなく、フェミニズムやトランスジェンダー差別など広範なトピックを含むエッセイです。過去にホルモン治療について書いた記事などで雰囲気を掴んでください。

 

www.infernalbunny.com

 

www.infernalbunny.com

 

本では、上記2つを柱に、フェミニズム・トランスジェンダー差別・メンタルヘルス・発達障害など、ブログで書いてきたようなさまざまなトピックを取り上げています。本記事末尾にて本文の一部を公開しているのでご覧ください。

 

表紙は斉藤鳩さんに作っていただきました(下記は初版時の投稿です)。

 

 

ちなみに下記はわたしが鳩さんにお渡ししたラフです。これがこんなに素敵な表紙になりました。ありがとうございます。

 

 

 

4.障害者割を実施します

文学フリマ東京は2023年までは入場無料でしたが、2024年からは入場料制となりました。そこで「呉樹直己」のブースでは、障害者割を実施します(文学フリマ公式とは無関係で、わたしのブースでのみ自主的に実施する措置です)。

障害者手帳(身体障害者手帳・精神障害者手帳・療育手帳)をお持ちの方は、通常1500円のところを1000円でご購入いただけます。

 

割引を利用したい方は、支払時に「手帳割お願いします」と一言申し出てください。手帳を提示する必要はありません。性善説運用とし、口頭で申し出があればすぐ割引します。なにかを証明したり説明したりする必要は一切ありません。

有名人のサークルであれば、いやがらせで虚偽申請等する人もいるかもしれませんが、今のわたしの規模感ならいたとしてもごく少数であろうと判断して実施します。

 

 

 

5.パレスチナ支援ステッカーを販売します

呉樹のブースでは同人誌のほか、オリジナルステッカーをカンパ制にて販売します。任意の額をお支払いください。

 

2024年7月、渋谷ヒカリエのZINE祭りに出店したときの募金箱の様子。

 

 

売上は全額、パレスチナ支援に寄付します。寄付先はUNRWA(国連パレスチナ難民救済事業機関)のほか、わたしが個人的にやり取りしているパレスチナ避難民の方のGFMを予定しています。

 

www.unrwa.org

 

イベント終了後に、ブログとSNSにて集まった金額と寄付完了報告を行います。

 

6.取り置きに対応します

前回のイベントではわたしの予想を遥かに上回る需要があり、イベント開始2時間で完売となってしましました。気に留めてくださっていたのに入手できなかった方には申し訳ありません。今回もなるべく多くの方に手に取っていただきたいのは山々ですが、印刷費などの都合上、商業出版の本ほどたくさん印刷することはできません。そこで、確実に手に入れたい方や、来場時間が遅くなりそうな方は、取り置きをご利用ください。X(Twitter)などのSNSのリプライやDMで、名前(ハンドルネームでかまいません)と欲しい冊数を連絡していただければ、そのぶんは確保しておきます。17時までに来場していただき、「取り置きを頼んだ●●です」と名乗ってください。

取り置きをした上で、当日来場ができなくなった場合は、お気になさらずDMでご一報ください。

 

取り置き希望者が多いと励みになりますし、印刷部数を決める際の参考にもなります。お気軽にご利用お願いします。

 

7.初版との違い、初版購入者限定特典について

増補版では、初版の誤字脱字を訂正した上で、増補章「引用参考文献紹介、あるいはクィアネスとメンタル(アン)ヘルスを問い直すためのブックガイド」を追加します。本書執筆にあたって引用・参照した書籍を紹介するとともに、今の社会でクィアネスとメンタルヘルスを考えることの意味を問う文章になる予定です。現時点でまだ1文字も書いてません。助けてくれ。

取り上げる予定の本の一部を紹介します。

 

石川准『アイデンティティ・ゲーム 存在証明の社会学』

アミン・マアルーフ著 小野正嗣訳『アイデンティティが人を殺す』

藤谷千明『オタク女子が、4人で暮らしてみたら。』

トーマス・ページ・マクビー著 小林玲子訳『トランスジェンダーの私がボクサーになるまで』

吉野靫『誰かの理想を生きられはしない とり残された者のためのトランスジェンダー史』

藤高和輝『〈トラブル〉としてのフェミニズム 「とり乱させない抑圧」に抗して』

ポール・B.プレシアド著 藤本一勇訳 『テスト・ジャンキー 薬物ポルノ時代のセックス、ドラッグ、生政治』

etc.

 

また、余裕があれば第一〇章「クィアネスとメンタル(アン)ヘルスを問い直す」にも加筆を行いたいと思っています。

 

加筆によって初版と方向性が違う本になるようなことはありませんが、文字数は増えます。初版販売時は、再販はしない予定とアナウンスしていたので、無理をして購入してくださった方もいるかもしれません。結果的に再販することになり、申し訳なく思っています。同人誌文化の自由さの一部としてご容赦いただけると幸いです。

その代わりに、初版購入者限定特典を用意させていただきます。初版の末尾には実はQRコードが設置してあり、ここからのみアクセスできるページに繋がっています。

 

 

ここに、初版購入者だけが読めるコンテンツをアップする予定です。内容は、短歌の新規詠み下ろしを予定しています。

公開したらブログやSNSで告知するので、よろしくお願いいたします。

 

もしかしたら、初版を買った上で増補版も買ってくださる方もいらっしゃるかもしれません。初版所持者への割引なども検討しましたが、障害者割の意義を守るためにも、今回は特別な割引は実施しません。本当にありがとうございます。文フリで「初版も買いました!」と言ってくだされば、なにもありませせんがめっちゃお礼を言います。

 

8.通販を実施します

イベント終了後はBOOTHにて通販を行います。

 

gjoshpink.booth.pm

 

通販では障害者割は実施しませんので、どなたも一律料金で買っていただくことになります。

 

9.書店販売を実施します

書店様でも販売を行います。現時点で確定しているのは、東京都・蔵前の透明書店様です。

透明書店様は前回のイベント時にお声がけいただきまして、今回も販売していただけることになりました。なんと前回の倍の部数をサインつきで納入予定です。ありがとうございます。

 

前回販売時の投稿

 

 

ほかにも販売を検討してくださる書店様がおられましたら、gojuo.noir🐢gmail.comまでご連絡ください。

 

10.電子化・Web再録の予定はありません

Web再録は行いません。ただし、今後のブログ記事に本から引用したり、一部を掲載したりすることはあると思います。

電子書籍化は、技術的には不可能ではないので数年後とかに唐突にやるかもしれませんが、積極的には検討していません。当面の間、丸ごと読めるのは紙の本でだけです。

 

 

 

11.文フリ東京についてよくある疑問

Q.どれくらい混む?

はっきりしたことは言えませんが、確実に「人の海」にはなると思います。今回の文フリ東京39は東京ビッグサイトに場所を移しての初めての開催であり、人出が読みにくいです。会場は広くなりましたが、その分出店ブースの数も増えているので、そこそこの人混みにはなると思います。

わたしはコミケには来場したことがないのですが、話を聞く限り明らかにコミケのほうが過酷ではあります。コミケと違って全域が屋内会場ということもあり、コミケほど身構える必要はないとは思います。

 

いずれにせよ、水筒と細かいお金とスマホさえ持ってくればなんとかなると思います。冬とはいえ水分補給はしっかりしてください。近隣の自販機やコンビニはおそらくすぐ売り切れます。細かいお金は、ほとんどのブースが現金決済のみなので必須です。わたしのブースも現金決済のみです。ビッグサイトのコンビニは、イベント時は大きいお札を断られます。

 

Q.文フリって作者に話しかけてもいいの?

相手によりますが、基本いいと思います。むしろ読者と話せるのを楽しみに出店している人も多いです。普段から注目している作り手がいるのなら、文フリは作り手と直接コミュニケーションして感想を伝えるいい機会です。呉樹も話しかけられたら嬉しいです。需要があるならサインとかもします。サインペン持って行って需要がなかったら泣くのでぜひサインさせてあげましょう。

 

ただ、人気の作り手ならブース前に行列ができたりするので、混雑しているときに長々と話しかけるのは当然NGです。マナーを守りましょう。心配な人は「ギャラリーストーカー」とかで検索してみるのがおすすめ。文フリはギャラリーではありませんが、マナーはおおむね同じです。

 

Q.呉樹の本は買いたいけど呉樹と顔を合わせるのは照れ臭い、なんかイヤ

こちらからお客に話しかけたりじろじろ見たりすることは基本ないのですが、不安な人は売り子ワンオペのタイミングを狙って来てください。当日は売り子として、友人の小説家の藤井佯さんが手伝ってくれます(藤井さんのご本の委託販売もするかもしれないので、藤井さんのファンの方もご注目ください)。

 

 

呉樹も買い物をしたいので、呉樹が離席して藤井さんワンオペになるタイミングはあります。離席するときはXで一声呟きます。金髪坊主で眼鏡なのが呉樹、眼鏡をかけていないのが藤井さんです。

また、当日は呉樹のYouTubeチャンネルの撮影を行う可能性があります。

 

www.youtube.com

 

「文学フリマ東京に参加した日のvlog」のような軽い日記動画を作成する予定ですが、ブースに来てくれたお客にカメラを向けることは絶対にないのでご安心ください。

 

その他の疑問は文フリの公式サイトを見てみてください。文フリは公式サイトがしっかり作り込んであるので、大抵の疑問は公式サイトで解決できます。

 

bunfree.net

 

12.文学フリマ東京39で販売される呉樹直己の寄稿作

今回の文学フリマ東京39では、呉樹の著作のほかに、呉樹が寄稿した『美味しんぼエッセイアンソロジー DangDang奇になる』も販売されます。

 

 

こちらは小説家の水町綜さんにお誘いいただいて寄稿しました。国民的漫画・アニメ『美味しんぼ』のファン11名が、美味しんぼとの思い出を綴ったエッセイ集になります。贔屓目抜きで本当に面白い本なので、併せてお買い求めいただけると嬉しいです。

水町綜さんのサークル「水色残酷事件」のブース番号は【つ-48】です。ぜひご注目ください。

こちらの本は通販もあります。

 

1gho.booth.pm

 


以上、文学フリマ東京39と、わたしの本についてお知らせでした。

 

この本を書くにあたっては、たくさんの方にお世話になりました。あとがきに載せる予定の謝辞に名前を挙げさせていただいた方々はその一部です。転記して、ひとまずのお礼とさせていただきます。

 

***

わたしの生活を支え、執筆環境を与えてくれた「先生」こと吉野茉莉さん

わたしの簡素なラフから素晴らしい表紙を仕上げてくださった斉藤鳩さん

先に逝ってしまった友、中村とnai_inhex

校正に協力してくださったMさん

障害者のノブレス・オブリージュをともに果たしていくと誓いあった愛すべき先輩、Kさん

濁流を踏みとどまり、この本を手に取ってくれたすべての皆さんに

心から感謝申し上げます。

***

 

以下、告知第一弾として本の序章を全文公開します。このような雰囲気の本が出るので、ぜひよろしくお願いいたします。

 

 

 

13.『増補 クィアネスとメンタルヘルスのアイデンティティ・ゲーム』目次・本文サンプル

 

目次

序章

第一章 「先生」のこと──わたしは「自立」しているのか?

第二章 生家のこと──わたしは誰のものか?

第三章 もう死にますと泣くおまえにキャスターは見てくださいこの大きな毛蟹

第四章 余命二〇年の猫

第五章 定位家族Sの話

第六章 継承を試みる 

第七章 男性ホルモン治療のこと──ネオリベ病院のネオリベ注射

第八章 身体変化の記録──わたしはトランスジェンダーなのか?

第九章 その虹色は誰のためのものか

第一〇章 クィアネスとメンタル(アン)ヘルスを問い直す

終章 濁流を往く同胞へ

増補章 引用参考文献紹介、あるいはクィアネスとメンタル(アン)ヘルスを問い直すためのブックガイド

 

 

序章

 

 書くことがわたしの使命であると信じて生きている。使命とまで言い切れるのは、自分の能力を高く見積もっているからではなく、自分の状況が恵まれていると知っているからだ。純粋な文章能力だけの話なら、わたしより優れている人はたくさんいる。しかし、創作にかけられる時間的・経済的コスト等をひっくるめた総合的な執筆環境という点ではわたしは随分恵まれているほうで、恵みを余さず活用することがわたしの使命であると捉えている。

 恵まれた環境を活用して、いろいろな文章を書いてきた。今のペンネームで出ているものだけでも、二〇一八年から頻繁に更新しているブログであったり、外部媒体から依頼されて書く原稿であったりと数はそこそこ多いのだが、いずれも基本的には一つのテーマに沿った一塊の文章であることに我ながら不満があった。当然といえば当然のことだが、ブログも原稿もタイトルや依頼テーマに沿っている。コスメレビューと題しては化粧品について書き、反トランスジェンダー差別がテーマなら思うことを書き連ねる。しかし、このようなワンイシューの、せいぜい一万字程度の短文を積み重ねても虚しさばかりが募るようになったのはいつのことだったか。クィアと呼ばれる同胞たちの文章なりセルフィーなり、「今ここにいる」という、本人たちからすると切実な叫びであるはずの自己表現に食傷の感しか抱けなくなったのはいつからだったか。この生における毎分毎秒の積み重ねで形成されたわたしという人間を、現時点においてキャッチーで、普遍性のありそうな属性で切り分けて、「不必要」な部分を捨象して提出する作業は、他者が読みやすい文章に仕上げるためにはある程度避けられない。しかし人生で一度くらい、もっと巨視的に、わたしという人間丸ごとを貫く最も広範な倫理を掘り起こすことに挑戦してみるべきではないのか。たとえば「コスメオタク」として語ることも、たとえば「トランスジェンダー」として語ることも、ソーシャルイシューとして提示する際の手つきに求められる「深刻さ」に差はあれど(言うまでもなく、今この社会では後者のほうがずっと「シリアス」である)、わたしという人間のアイデンティティの一部でしかないものを恣意的にピックアップしているという点では同じことだ。そして、現時点において普遍的とされるアイデンティティであれば、先行研究とでも言うべき偉大な先達の語りは膨大な量になり、われら力弱き後輩の語りはそれら既存の語りに容易く影響される。事実として生が多様であることは、語りの豊かさを決して担保しない。現実とは乖離した手前勝手な「あるべき姿」から外れた当事者が中傷に晒される世の中であればなおさらのことだ。わたしが過去に生成してきた自分語りの中にも、ステレオタイプの域を出ないものは多いだろう。

 もちろん、属性および付随して想起される既存の語りという補助線を用いずに、生身の人間という混沌とした存在から一本筋を見出すのは、非常に骨の折れる作業ではある。なぜアイデンティティの一部をピックアップし既存の語りを踏襲するタイプの自分語りが飽き飽きするほど流行っているかって、そうするほうがずっと簡単だからだ。そもそもまったくのオリジナルの語りなどというものは原理的に不可能でもある。しかし、ゼロか百かで不可能であるから諦めるのではなく、できるだけ属性および既存の語りに引っ張られない語りをとりもなおさず志向し続けることには、一定の意味があるとわたしは考える。本書は、わたしが人生を通じて断片的に行ってきた生の実践を、一つに統合する試みの未完成な記録である。わたしが二〇一八年から運営しているブログ『敏感肌ADHDが生活を試みる』を加筆修正した再録と、書き下ろしテキストから成る。再録部分と加筆部分は明確に分かれてはおらず、新規テキストに過去の文章を組み合わせるような形になっている。ジャンルはエッセイということになるだろう。本書のタイトルは『クィアネスとメンタルヘルスのアイデンティティ・ゲーム』であり、ジェンダークィアであることと精神障害者であること、二つのアイデンティティを補助線として使用している。今のわたしのポピュラリティでは、数多の書籍の中から露出を獲得するには属性のキャッチーさに頼るのは不可避であると判断された。とはいえ中身は、すでに流布されている語りからは距離を置き、複数のアイデンティティ間を越境するような自分語りを心がけた。心地のよい裏切りのある読書となるように力を尽くしたつもりである。逆に言うと、ホルモン治療の具体的な体験談などは主題ではない。しかし主題ではないとはいえ大事な要素ではあるので、それらを求める人にも楽しんでもらえるだろう。

 

 さて、序章の最後には、わたし自身の自己紹介をしないわけにはいくまい。わたしの名前は呉樹直己(くれきなおみ)という。出生によって日本国籍を取得した日系日本人である、と一応書いておくが、本邦のエスニック・マジョリティであるがゆえに、自らのエスニシティをアイデンティティとして意識することは稀である。脳の認知機能面を除く身体に大きな障害はなく、五体満足で五臓六腑が揃っている。精神科医による診断名は持続性抑鬱障害とADHD(注意欠陥多動性障害)。精神障害者保健福祉手帳三級を取得している。手帳等級の数字からわかる以上の障害の重さの程度を、わたしから明言することはできない。マイノリティとしての苦労話に説得力を持たせるためにはある程度重いと思われる必要があるが、報連相を怠ったり締め切りを破ったりしない程度には社会性があると思われる必要があるからだ。これは、メンタルイルネルを一種のハイプとして用いているわたしのようなタイプの書き手が必ず直面するアンビバレンスであろう。ここにおいて鬱とADHDというアイデンティティはわたし個人のものではなくなり、それを聞いて社会がどう思うか、あなたがどう思うかを大いに意識したものになる。しかし、他者の視線を反映することはアイデンティティという概念の宿命であり、本来おかしなことではない。

 二〇二〇年から、兼業小説家の「先生」に養われている。先生の診断名は双極性障害で、わたしと同じく精神障害者保健福祉手帳三級を取得している。先生はわたしのブログの読者で、先生から同居を持ち掛けられた時点でわれわれは会ったことはおろかSNSでリプライを交わしたこともなかった。初対面から二カ月後に先生の家に引っ越して、かれこれ四年になる。先生が主に賃労働、わたしが主に家庭内の再生産労働を担う形で共同生活を運営してきた。生活は順調であるともいえるし、心労の連続であるともいえる。先生の目に触れるオープンな文章では前者に力点を置いて語ることが多いかもしれないし、先生の目には触れない親しい友人同士のクローズドな会話においては後者に力点を置いて語ることが多いかもしれない。先生の目に触れるとしても、SNSで短文を呟くのと、本書のような紙の書籍で長文を書くのとではまた違った語りになれる。いずれの語りもわたしの実感としては真実であり、どちらかが建前でどちらかが本音であるといった優劣はない。力点は環境によって調整され、つまりあなたに左右されて表出する。他者であるあなたはすでにわたしのアイデンティティ形成に一枚嚙んでいる。

 二〇二二年から一年間、精神科病院にクローズ就労し精神科医療の現場を経験した。労働環境は劣悪で、苛烈なハラスメントが横行していた。べらぼうに高給ではあったが、入職して一週間以内に辞めるスタッフが大半で、一年間に二〇人近くの離職者を見送った。わたしの入社面接をしてくれた先輩も、上司に横領の濡れ衣を着せられて逃げるように去った。上司は、意に沿わない人間に対しては「精神薄弱(せいしんはくじゃく)」「ADHD」「キチガイ」「外人」ほかありとあらゆる罵倒を使った。スタッフが次々辞めるだけではなく、精神科医すら入れ替わりが激しかった。気に入らない書類にコーヒーをぶっかける医師、暴れて診察室のロッカーを破壊する医師、性犯罪の罪で裁判中で改名している医師もいた。そのような環境でたった一年とはいえ勤務した経験は、相応の心的外傷とここでしか得られない知見の両方をわたしにもたらした。よい経験だったとも悪い経験だったとも、今はまだまとめたくない。

 二〇二二年から、GID科で持続型テストステロン製剤の注射を今も受けている。これは一般的に男性ホルモン治療と呼ばれるもので、性別違和を持つトランスジェンダー向けの医療的措置である。二年と少し続けて、声は低くなり、肌質は脂っぽくなり、体毛は伸びた。坊主頭にしてからは、外で「お兄さん」と呼びかけられることもある。その変化に喜びを感じつつ、それでもわたしは女性の境遇に留まって生きるつもりでいる。規範から逸脱するにしてもあくまで女性と見なされやすい範囲で、わたしはわたしのアイデンティティを表現していく必要がある。そのことは必ずしも苦痛や不本意ではない。性別違和がありつつも社会的には女性として生きると選んだことまで含めて、わたしのジェンダーアイデンティティだからだ。女性とは出生時につかまされたアイデンティティだが、長じて再度掴み直したのはわたしの意志である。だが、このままホルモン投与を続けて身体が変化し続ければ、社会的に男性を引き受けざるを得ない場面は生じるであろう。今この社会で男性ジェンダーを生きるという重労働が、果たしてわたしに可能なのか、いずれ決断せねばならない。

 自己紹介はとりあえず以上である。次章からは、わたしという人間を形成するいくつかのアイデンティティを拾い上げつつ、複数のアイデンティティを横断するような自分語りを試みていきたい。最終目標は、アイデンティティ自体を相対化し、知見として社会に還元することである。試みは完成には至っていない。この本を出したあとも、試行錯誤は続いている。