過去記事に書いたように、わたしは2020年夏から一人暮らしをやめて、双極性障害の兼業作家である「先生」と共同生活をしている。
書生として、衣食住*1と勉学に集中できる環境と小遣いを提供していただく代わりに、わたしに委託された家事のひとつに炊事がある。これは、ただ三度の食事を作成して食卓に並べるだけではなく、先生の望みであるダイエットに協力するとか、 おやつを爆買いしようとしていたら制止するとか、先生の食事管理とでもいうべき内容まで含まれている。その様子を、ここに記録していこうと思う。オープンな情報とすることで、 ほかの誰かの参考になったり、こちらにも有益なフィードバックがあったりしたら幸いである。題材の性質上、先生のパーソナルな生活状況を公にしてしまうことになるが、書生のバランス感覚と先生の最終チェックによって、必要分のプライバシーは守られていると信じる。わたしが書く文章で言及される先生の個人情報はおおむね、先生が自身のSNSなどですでに明かしてきたものに限られている。
1カ月目の様子については、過去の記事に詳しく書きました。
2カ月目の今も、だいたいの様子は同じなので、まずは上記の記事をお読みください(特に、「3.胃炎寛解後~現在」の項目が現状に近いです)。
その上で、特筆すべき変化を以下に書いていきます。
変化したこと、しなかったこと
変化1 朝食のベーグルを前日に冷凍庫から出しておくタスクが、先生の担当になった
過去記事に書いたように、朝食はBAGEL&BAGELの冷凍ベーグルを食べることになっている。
公式サイト BAGEL & BAGEL公式オンラインショップ |
低糖質でダイエット向きらしいです。通販でまとめ買いして、前夜に冷凍庫から出して自然解凍して、朝にオーブントースターで焼く。この、冷凍庫から出す作業は、最初はわたしがやっていたのだが、いつの間にか先生がやるようになった。先生が愛用しているソファーが冷蔵庫に近いところにあるので、先生が自室に戻るついでにやるのが自然の流れで定着したのだ(ちなみに、わたしの部屋は台所から一番遠いところにあるので、なにかのついでに冷蔵庫の前を通り過ぎるということはない)。こうして先生はベーグル担当大臣になった。
変化2 たまに先生が料理をするようになった
わたしから要求したわけではない。体調がいいときに、自発的に作り置き惣菜を用意してくれたりするようになった。「あまり期待はせず、気がついたら冷蔵庫におかずが増えててラッキー、くらいのテンションでいてほしい」とのことです。わたしとしてはもちろん助かるので文句はない。(幸いわたしは、急な予定変更が精神的苦痛になるタイプではない)。
先生は冗談半分で、「普段家事をしない配偶者が気まぐれに料理してはドヤ顔して炎上するやつみたいですみません」などとおっしゃっていますが、そういうつもりではないことはもちろん知っているので問題ありません。家事の一環であると同時に、先生にとっては作業療法のようなものだと認識している。まあ、ここらへんの機微はあまり事細かに言語化するのもアレなんで、これくらいにしておきます。なんにせよ、先生にとってよい方向になるのが一番だ。
ちなみに、本当にわたしが炊事等に疲れてしまって学業と両立できなくなったときは、相談すればよいことになっている。今のところ大丈夫ですが、今後そういうことがあれば、先生が正式に一部の家事を受け持ったりすることになるのかもしれない。いずれにせよ、適宜話し合っていけたらと思う。
先生は、「家事よりも学業を優先してください」と言ってくださっている。しかし、わたしがこのご時世にバイトもせずに勉強していられるのは、先生が生きて働いて稼いでおられるからこそなので、その前提が崩れたら学業どころではないわけです。やはり、家事含むケアワークとわたし個人の勉学は、優先順位をつけられるものではなく、両輪として維持していく必要があると認識しています。
おやつ美味しい問題
先生に「書いていいよ」と言われたので書きますけど、体重は減っていません。
— 呉樹直己 (@GJOshpink) 2020年9月16日
書生はダイエット経験がないので(自慢ではなく単なる体質と20代チート)、知見を募集しております。
過去記事に書いた通り、胃炎は治ったし食事リズムは安定した。よってそろそろ、先生の希望(かつ、内科医の指示)であるダイエットのことを重点的に考えたいところだ。今のところ成果は出ていませんが、短期的にどうにかなるものでもないので、長い目で見ていくしかないのだろう。なお、書生としては、思い当たる原因はなくもない。
先生は休日のお昼どきにちょくちょく難病にかかるので、書生は心配です。(例:今すぐインドカレーを食べないと死ぬ難病、ケンタッキーを食べないと死ぬ難病、大戸屋のお弁当を食べないと死ぬ難病)
— 呉樹直己 (@GJOshpink) 2020年9月26日
前はおやつでごはんを済ませたりしていたのが、三食しっかり食べた上でおやつも普通に食べるようになったからでは??(名推理)
— 呉樹直己 (@GJOshpink) 2020年9月28日
まあ、そういうことですよね。
ちなみにこれは、先生が買った干し芋(1キログラム)。美味しゅうございました。
しかし、食欲だろうがなんだろうが、鬱状態のときになにがしかの “欲望” があることの貴重さは、わたしも実感としてよくわかるので、むやみに水を差すようなことはしたくないのが本音である。「衝動的に極端な爆買いをしようとしていたら止めてください」とは言われているのですが……。
高カロリーなおやつにせよボリューミーな出前にせよ、普段あれほど死にたがっている先生がなにがしかの欲望を発露しているというだけで書生は嬉しくて涙が出てくるので、止めるに止められないという問題があります。
— 呉樹直己 (@GJOshpink) 2020年9月28日
夜、ネットストアを巡回しながら「呉樹さん、美味しそうな栗がありますよ」「冷凍ハンバーグを頼みませんか」「マグロが安いですね」「干し芋を1キロ買いました」などと話しかけてくる先生は、浮き世のつらさを一時忘れたかのような穏やかな顔をしていて、書生は、書生は……。
— 呉樹直己 (@GJOshpink) 2020年9月28日
とはいえ、アイスクリームとスナック菓子と炭酸ジュースの摂取量はほぼゼロになったし、朝にラジオ体操も始めたし(後述)、メチャ頑張っておられることは間違いないです。今後も、わたしがサポート可能な部分は淡々とサポートして、干渉すべきでない部分はスルーして、ぼちぼちやっていこうと思う。先は長い。
実はご飯を減らしていたのだが……
過去記事に書いたように、主食であるご飯は、白米ともち麦を3:1で混ぜて炊いて、タッパーに140グラムずつ分けて冷凍して、食事直前に解凍することになっていました。これは先生の指示です。しかし実は8月末から、わたしの独断でこっそり130グラムに減らしていました。先生は気づいていない様子だったので、今後も10グラムずつ漸減させていく予定だったのですが、先生のほうから「ご飯を減らしてみたい」とリクエストがあったので、9月末からは正式に100グラムにすることになった。200グラムずつ冷凍して二人で分けるのである。しばらくはこれでやってみます。
ラジオ体操を始めた
食事以外の変化としては、朝食後に二人でラジオ体操をするようになりました。今のところ、毎日続いています。
これを見ながらやってるよ
先生の食事管理を担ったことによる、書生のメンタル面の変化
わたしの精神的な変化についても記録しておく。
最初に書いておくが、ネガティブな変化ももちろんあります。この二カ月、先生には苦しいことがたくさんあっただろう。同じように、わたしにもわたしの苦痛があった。しかし、それは今ここで言語化してもメリットはないと判断したので書かない。先生に相談して解決すべきものであれば、先生にだけ共有している。
ポジティブな変化として、世界との関係項が増えたことがある。
わたしは、元々食事にさほど興味があるほうではなく、どちらかというと面倒だと思っていた。セルフネグレクトによる拒食に陥っていた時期もあるし、20代の体力に甘えて不摂生をすることも多かった。一人暮らしの数年間で自炊経験は積んだが、最低限の栄養と価格のバランスを考えるだけで、味つけのバリエーションを増やすとかプラスアルファの部分までは考えていませんでした。今より鬱がひどかったころは自炊どころではなかったし、一般的な大学生程度の調理能力しかないと思う。
しかし、先生と共同生活をするようになって、病身の3X歳の肉体がわたしにかかっているのだと思うと、もっと真面目に栄養バランスを考えなきゃいけないし、味つけもわたしが好きな味つけ一本槍で通すわけにはいかない。否応なしに、食事という営みへの興味が増した。一人暮らしのころはあまり見なかったレシピ本を開くようになったし、今まで使ったことがないスパイスに興味が出てきたし、Twitterで栄養豊富そうなレシピを見かけるとオッ先生に食わせたろかなとメモするようになった。つまり、今まではわたしの興味を引いていなかった料理という文化が、急にじぶんごととして身近に、切実に感じられるようになったのである。このような現象のことを、「世界との関係項が増えた」と表現しています。過去には、服に興味を持ちはじめたときがそうだった。日々何気なく通り過ぎていた駅地下のファッションフロアが、自分に関係のあるものとしてにわかに立ち現れたのである。毎日見てはいたはずのものが、はじめて見るかのような新鮮さで目に映るようになった瞬間のときめきは、今でも憶えている。視界が開ける、解像度が上がる、平面が立体になる―― なんと表現したらいいのかわからないが、それはそれはドラマティックな変化だった。
このように、外界のさまざまな事物と自分とを繋ぐ糸が増えると、人生が活気づきます。糸が多ければいいというものでもないですが、糸が増える瞬間はいつだって楽しいものだ。今わたしは、一人暮らしをしていたころよりも、スーパーに行くのが楽しい。ADHDの動機づけ不全脳を動かすには、興味を持って愛してしまうのが一番効くのだと、改めて実感した次第である。逆に言うと、愛がなければ一歩も動けない。
一人暮らしで自炊してたときはそうでもなかったのに、今はTLに栄養豊富そうなレシピが流れてくると先生に喰わせようかなと思ってメモするし、そういう目で見ると、ほんに世界は美味しいものの情報で溢れてるもんですねえ。
— 呉樹直己 (@GJOshpink) 2020年9月27日
着物を着るようになってからは、きれいな布を見ると帯揚げにすることを想像するようになったし、生活や趣味の変化は、世界と自分との関係項を増やしてくれる。
— 呉樹直己 (@GJOshpink) 2020年9月27日
わたし、22歳のときに初めて「冷え」(気候としての全身的な「寒さ」ではなく、手足がことさらに冷たくなる感覚)を体感して、レッグウォーマーや腹巻きの存在意義を理解したんですけど、これも加齢によってものの見方が変わった例ですね。人生が変わると、アンテナが増える。
— 呉樹直己 (@GJOshpink) 2020年9月27日
なお、調理自体は依然として面倒っちゃ面倒ですね。鍋一つでできるものばかり作ってます。適度に楽しみつつ、効率化できるところは効率化しつつ、ゆるく継続していこうと思います。和食は自作したほうが美味しいから、できれば自分で作りたいし(これ全然料理上手自慢とかじゃないです。自炊してる方ならニュアンス伝わるんじゃないでしょうか。洋食の派手な料理は冷凍食品でも十分旨いんだけど、滋味系の和食は既製品だと微妙にイマイチだと思うの)。今後の課題としたい。
以上、2カ月目の記録でした。
相変わらずわたしは、炊事・片づけ・掃除・洗濯・ゴミ出し・朝6時半に先生を起こすことなどを担当し、その代わりに基本的な生存と学習環境を保障していただいている。これが妥当な取り引きであると思えるかは人によるだろう。先生はこの程度のタスクのために安くはないお金を支出して赤の他人を住まわせているのかと驚く方もおられるかもしれない。しかし、人それぞれできることとできないことがあるというだけの話です。先生は社会人歴1X年の3X歳、わたしは大学生とはいえとっくに成人済みの2X歳であり、 お互いに自分のできることとできないことは把握していて然るべきである。無理や我慢をして破滅するのではなく、キャパシティを超えていることに関して他者に適切に援助を求めるスキルこそが望まれている。われわれは、双方納得して共同生活契約を結んでいるので、なにも問題はない。
引き続き、お互いに協力して、よりよい食生活・共同生活を試みていこうと思います。
今日も先生は毛づくろいをし、猫は仕事をなさっています。
— 呉樹直己 (@GJOshpink) 2020年9月30日
続きはこちら。
*1:正確に言うと、「衣」は毎月1日にいただくお小遣いの中からわたしの裁量で買うことになっています。食住は完全に生活費から出していただいている。