敏感肌ADHDが生活を試みる

For A Better Tomorrow

【お知らせ】猫と先生がいる家で、書生をはじめました【発達障害と双極性障害の同居】

最終更新:2020.9.18

 

 

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ご報告です。引っ越しました。

ここ半年、経済状況がいよいよ厳しくなり、それに伴って精神状態も悪化して学業(通信制大学)にまで支障を来すようになっていた。同時に、契約の都合でアパートを退去しなければならなくなって、進退に迷っていたところを、とある方のお宅に転がり込むことになった。わたしの実家は終わっている(比喩ではなく本当に終わっている。両親はとうに別居しているし、実家の建物は人手に渡ることが決まっている)ため、一人暮らしを継続できなくなったとしても行くところはないので、まさしく渡りに船であった。

 

有り体に言うと、居候である。なお、家主の方とは一切血縁関係にない。赤の他人です。

 

家主の方のことは、このブログでは「先生」と呼ぶ。

なぜなら、本当に先生だからだ。この人は小説家である。過去に数冊、著書が出ている。別のお仕事もされているので、兼業作家ということになるだろうか。先生は、先生と呼ばれることをきまり悪がっているが、便宜上のことだからというので許してもらった(オフラインでは普通に「名前+さん」と呼んでいる)。

小説家の家で勉強しつつ家事労働をするということで、わたしの肩書は「書生」ということになった。大正時代の小説とかに出てくるあれである。Wikipediaによると、書生とは、「他人の家に下宿して家事や雑務を手伝いつつ、勉強や下積みを行う若者」のことだそうです。

 

書生 - Wikipedia

生活費に困窮する者に対しては、地方出身の篤志家が住居の一角に学生を住まわせ、家賃の代わりに簡単な家の手伝い(掃除や商売上の雑務、清書等)をさせるようなことも行われた。篤志家側も、地元出身のインテリ書生を抱えることはステータスの一種であったこと、また、書生が中央官僚などになった際には、人脈から多様なメリットが生じるといった打算的な考えを持つ者も少なくなかったとされる。

 

大学生といえば無条件でエリート候補だった時代が偲ばれる、今となっては非常に牧歌的な風習ですね。今どき、そこらの学生を飼育したところで中央官僚になるはずもない。もちろん先生もそれは承知の上である。

 

先生は双極性障害を患っている。精神障害者保健福祉手帳も所持している。

病ゆえに、日常生活がうまくいっておらず、わたしという同居人を求めるに至った。先生は外で労働をし、わたしは家でそれをサポートするという、共同生活契約。先生自身の言葉を借りると、“グループホームや居宅介護の変則的バージョン”“互恵関係” だ。

 

わたしも鬱のADHDで、そんな状態でうまく共同生活できるのか?と疑問に思う人もいるだろう。しかし、精神的弱者同士だからこそわれわれは巡り会い、同居しているとも言える。先生のほうはどうだか知りませんが、わたしが「あ、この方とならうまく暮らしていけるな」と思った根拠のひとつは、生活におけるお互いの得意分野・不得意分野が綺麗にばらけていることだった。先生が不得意な分野はわたしができて、わたしが不得意な分野は先生が得意。凸凹が噛み合っている。

居候やヒモを養うことを、「大きな猫と住む」みたいに、猫に喩える人は多い気がするし、先生も「猫と同じように、大きな生き物に部屋を与えることができます」「家に大きな生き物がいると面白い(から一緒に住みませんか)」みたいなことを言っていました。しかし、数日間のお試し同居をしたときに、先生のほうこそ猫感があると気づいた。朝、のそのそと布団から這い出てきて、この世の終わりのような顔で朝食を食べ、数分おきに「仕事行きたくない」などの鳴き声を発し(朝はマジでこれしか言わない)、ソファで頭を抱えてひとしきりぐずってから、しおしおと出勤する(超えらい)。大きな生き物であった。無自覚ネコチャンであった。わたしはその間、掃除をしたり台所で洗い物をしたりして “人目” を絶やさないようにし、時間をお知らせしたり、ネコチャンが二度寝しそうなときはつっついて起こしたりする。わたしは、片づけ・掃除・洗濯・炊事・ゴミ出し等を任されているが、根本的に求められている役割は広義の「見守り」であると解釈している。自分で自分の生活費を稼ぐクソデキ大黒柱ネコチャンが、なるべくスムーズに生きられるように、「見守る」。

 

とはいえ、猫だって死ぬときは死ぬ。死ぬまではいかなくても、大変なことはこれから沢山あると思う。不安がないわけではない。仲間内の冗談で「わたしはヒモ適性がある」なんて豪語したこともあったが、まさか本当にヒモっぽいことをやるとは思ってなかった。しかしそれを言うなら、自分がADHDだなんて昔は思っていなかったし、大学は4年で卒業するはずだったし、きちんと就職できるはずだったし―― やめようか、この話。

昔から、運だけはよかった。これからも、なんとかなると信じて生きていきます。一度きりの人生なのだから、楽しそうなことはなんでもチャレンジしていこうと思う。

 

 

 

さて、このブログの今後について書いておく。

方針は今までと変わらない。しかし、わたしの生活を記録するブログなので、生活スタイルが変われば具体的な内容は変化せざるを得ない。今までは一人暮らし向けの生活術を中心に発信していたが、これからは、二人暮らしネタも書いていくかもしれない。しかし、先生とわたしは基本的には個室で別々に過ごしているので、一人暮らしと変わらない部分もあります。

いずれにせよ、2020年8月以降の記事は、二人暮らしをしていると思って読んでください。とはいえ、わたし個人が勝手にやっているブログなので、先生については深くは踏み込まない。構成上必要なら登場させることはあっても、先生のこと自体をつまびらかに書くつもりはない。先生と暮らす中で見出したわたしの発見を記録するのと、先生のパーソナリティ自体を題材にするのは、似ているようで微妙に違うと思っているので。リアルタイムの人間関係を、素人の拙い観察眼で中途半端にアウトプットしてもねえ、ロクなことにならないですよ。もちろん、今後先生について触れる記事は、すべて事前にチェックしてもらうことになっています。

 

以上、とりあえずのご報告でした。

共同生活契約の具体的な内容や、わたしが懸ける思いなども、追い追い書いていくつもりだ。今すぐには書くつもりがないことも、一生書かないと決めていることも、沢山ある。他者を大なり小なりコンテンツにしてしまうような所業には、くれぐれも慎重でいたい。

 

 

ちなみに、家にはねこが一匹います。

ねこ(比喩)ではなく、本物のねこです。先生の最愛のパートナーです。

 

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この猫の遊び相手をするのも、わたしの仕事の一部である。

 

先生と、猫と。しばらくの間、三匹で一緒に暮らしていきます。

 

 

【2020.9.18 追記】

一カ月経過時点の炊事タスクについて詳しく書きました。先生の食事管理の様子です。

 

www.infernalbunny.com