Twitterのフォロワーが自殺したかもしれない

 

結論から言うと、表題の彼は死んでいなかった。五体無事で生きていた。

彼にとって生が苦しいものであることは再三聞いていたが、それでも、生きていて良かったと思う。

 

本当に良かった。本当にありがとう。

 

以下は、「彼が死んだ(かもしれない)」と思っていた数週間の出来事を記したものである。Twitterフォロワーの自死という出来事に対する知見は、インターネット上にすでに存在している。自分用メモを兼ねて私も、彼にまつわる話を放流しておく。

 

 

■ 1日目 死亡報告

 

「アカウント主の妹です。今日、兄が死にました。兄は皆さんのことをとても大切に思っていたようです。お世話になりました。ありがとうございました。」

 

2017年2月某日。彼(仮にLと呼ぶ)のTwitterアカウントがこのようなツイートを投稿した。

 

私が確認したのはツイート投稿から約30分後。私と前後して数人のフォロワーが反応を示していた。

そのうちの1人は、Lとも私とも親密にやり取りをしており、私とはオフでも面識のあるCであった(私とLのフォロイーフォロワーはかなり被っている)。

私はまず、CにLINEをした。

Cは私よりもLに親しい。だがそのCも今回のことは寝耳に水だと言う。CはすでにLにLINEを送っていたが既読はつかない。

私もLとコンタクトを取りたかった。LとはLINEも交換していたが、まずはTwitterアカウントにDMを送った。

 

「Lさんのフォロワーの呉樹直己と申します。本当にPさんでいらっしゃいますか?大変なときかとは思いますが、肯定か否定、一言だけでも結構ですので、どうかお返事をいただけませんでしょうか。」

 

Pとは、Lから聞いていたLの実妹の名前である。

 

だが返事はなかった。

 

まず死の真偽を問うたのには理由がある。

Lは28歳の男性である。メンタルヘルスに問題を抱えており、中でも深刻なのが解離性障害であった。私は専門家ではないので病態の詳しい説明はできないが、Lの場合、完全に意識が飛んで、その間にやった行動はまったく記憶に残らないという症状が頻繁にあるようだった。LからLINEが来て普通にやり取りをしたものの、数時間後に「送った覚えのないLINEを送っていた」と言われたことは多々ある。

またLは、強いストレスを感じると無意識に遠くへ出奔してしまうことがあった。いわゆる解離性遁走である。東京に住んでいるLは、そのせいで何度も身に覚えのない遠出をし、一度ははるばる富山県にまで行って我に返ったことがあるそうだ。

ちなみに、富山県に旅していたときのLは、Twitter上では口調などすべて普段通りで、素人目にわかりやすい異変(支離滅裂な文章をツイートするとか)は見られなかった。覚醒したLが説明するまで、解離していたとはわからないのが常であった。

 

今回も、解離したLが無意識に、自殺したという嘘のツイートをしている可能性を考えた。8割くらいそう信じていた。1割は冗談だと思った。舌鋒鋭いLはきわどいジョークもよくツイートしていたからだ。残りの1割で、本当に自殺したのだと思った。Cがぽつりと「寂しさは人を殺すって本当なのかもしれない」と言ったのが印象に残っている。

 

この日私は外出先の隣市にいたのだが、Lのツイートを見た時点で帰宅を始めていた。今夜は一晩中パソコンと向き合うことになると思ったからだ。また、その日は金曜日だったが、週末の予定を変更してずっと家にいることにした。

予定に集中できないかもしれないと思ったのもあるし、万一取り乱したときのために室内にいたかったのもある。

 

その夜は一晩中Twitterを見ていた。

 

Lの当該ツイートには続々とFavoriteがついていった。皆、とりあえずはツイート確認の意を示さずにはいられなかったのだろう。しかし大半の人が半信半疑といった様子だったように思う。解離による嘘であってほしいと皆願っていた。

そんな中、Cは当該ツイートにリプライを送っていた。

 

「Cと申します。L君とは結局一度もお会いできませんでしたが、趣味や境遇など、とても他人とは思えない部分が多々あり、L君のことは勝手ながら弟のように想っていました。今回このようなことになり、哀惜の念に堪えません。L君は他者に縋ること、ましてやこのような形で甘えることができる性格ではありませんから、信じたくはありませんがこれはやはり妹さんのツイートなのでしょう。妹さんもご両親も、ご自分を責めませんよう。ご自愛なさってください。

 

そしてL君、今からでも遅くはない。一言 “嘘” だと言ってくれたら、どんなに救われることか。」

 

Lのアカウントからの反応はなかった。Cのこのツイートは、多くのフォロワーの総意であっただろう。

 

その夜のTLはざわついていた。何人かはLにDMを送り、何人かは驚きと、何よりも疑念を表明していた。

 

Cは泣いていた(とツイートしていた)。ドライなCが感情を露わにするのは珍しいことである。私は、Lが死んだ(かもしれない)ことそのものよりも、Cの嘆きに心を動かされていた。

Lは人と馴れることを好まず、私含め誰に対しても一線を引いて接している。そのLが唯一あけすけにものを言うのがCであった。2人なりの衝突はあったようだが、それもひっくるめて、Lの心に最も近しいところにいる存在はCであると思う。双子のシンクロニシティのごとくLに何かあればCはそれを感じ取れる、傍から見ていてそんな気さえした。そのCがLは死んだと信じていることは、私にとってある意味信憑性のある証拠だった。

 

 

■ 2日目 情報収集

 

翌日は土曜日で、私は家事をしながら合間にTwitterを覗いた。ちなみにCは徹夜状態で仕事に向かっていた。

私のDMに返信はない。相変わらずTLはざわついている。

私はLにLINEをし、呼んだことのないLの苗字を呼んだ。ハンドルネームでなく本名を呼ぶことに、何らかの効果を願った。Lは己のことを語らない人だったが、かつて電話で喋ったときに苗字だけは教わっていた。

LINEをブロックされていたとしても友だち一覧から眼に入ればと思い、LINEの “ひとこと” 欄に「【本名】くん返事して」と記入した。

 

とにかくツイートの真偽が気になる。私は、その手がかりをインターネットに求めた。Lがこれまでにツイートしていたこと、通話で聞いたこと、漏れ聞いた噂など、ありとあらゆる情報をかき集めたところ、以下の情報を得ることができた。

 

・Lの本名、大学、勤務先、だいたいの住所

・Lの父親の本名、勤務先、Facebookアカウント、家族3人のだいたいの住所

・Lの母親の本名、勤務先、Twitterアカウント、メールアドレス

・Lの妹の本名、高校、部活、Twitterアカウント2つ、インスタグラムアカウント2つ

 

父親のFacebookはほとんど放置状態で、観察しても意味はないと思われた。

 

妹のTwitterとインスタはすべて鍵垢で、リプライを追う限り、バスケ部の同級生とやり取りする身内アカウントのようだった。こちらも、兄が自殺したなどと書きそうな雰囲気ではなかったが、一応、バスケ部で親しくしている先輩の裏垢を装ったbioでフォロイーフォロワー20人の鍵アカウントを作成し、フォローリクエストをしたものの、承認はされなかった。

 

観察する価値がありそうなのは、母親のTwitterだった。

 

母親のTwitterは、公開アカウントでありながら実名に近い名前(花子→はなちゃん みたいなやつ)をハンドルネームとしており、普段の生活の様子や家の周囲の風景や娘(Lの妹)の顔写真など、身の回りのほとんどすべてを垂れ流していた。私はなにがしかの情報を求めて全ツイートを遡り、時には魚拓を取った。

Lが死んだ(かもしれない)日時以降も母親は普通にTwitterを更新し、フォロワーとのやり取りを楽しんでいた。しかしこれだけでは、Lは死んでいないと断ずることはできない。

 

また、都内の自殺や轢死のニュースを漁ったが、それらしい事件はなかった。Twitter検索も行った。「【Lの大学名】 自殺」「【Lの大学名】 事故死」など、関連語句をリストアップして総当たりしたが、結果は芳しくなかった。

 

この件について、真相はおおむね4つ考えられた。

1つ目は、Lが自らの意志によって自死の決意をし、実行したというもの。

2つ目は、解離の最中にあるLが無意識に自死してしまったというもの。

3つ目は、解離の最中にあるLが無意識に自死を偽造しているというもの。

4つ目は、Lが自らの意志によって自死を偽装しているというもの。

 

厳密に言えば、解離状態で妹を名乗るツイートをしたが覚醒したあとも自分の嘘に乗ることにした、など他にもパターンは考えられるが、要点はおおむねこの4つである。死んだのか、死んでいないのか。意識的なのか、意識的でないのか。

病を抱えたLであるから、4つともあり得ない話ではなかった。

 

Cは2つ目(解離の最中に無意識に自死した)を推していた。Lは精神に問題があったとはいえ、Twitter上で安易に嘘をついて同情を引いたり構われたがったりするようなことは一度たりともなかった。むしろそんな強さや潔癖さこそがLの病理であった。CはそんなLを誰よりも知り、信じていた。一方でLの妹は大学受験を控えた大事な時期にあり、妹思いのLならこのタイミングで死ぬはずはない。よってCは、無意識の自殺であろうと推測していた。

 

Cは、聡明なLに負けず劣らず頭脳明晰で強い人物である。対する私は愚鈍で意志薄弱な人間であるからこそ、Lが死んだと信じることができなかった。Lがいかにストイックな性格かはもちろんツイートを見ていたらわかる。しかしどんな人間でも魔は差すし、きまぐれを起こすことはある。死んだふりをしようとしてしきれずTwitterに舞い戻ってくる可能性は絶対にあると私は思っていた。

 

この日は、LINEに「我々の前から消えたいだけなら、Cさんにも誰にも言わないから連絡して。見てるでしょう?」と送った。

 

 

■ 4日目 再び妹のツイート

 

4日目。LのTwitterが動いた。

 

「妹です。葬儀が終わりました。いつくか問い合わせをいただいていますが、返信は控えさせていただきます。ご理解ください。

兄は死にました。これ以上何も言うことはありません。父も母も迷惑していて、早く忘れて日常に戻りたいと言っています。私も同じ気持ちです」

 

このツイートを読んで、私は初めて涙を流した。

 

Lは17歳で群馬県の実家を出て上京し、自活しながら高認を取り、学費を貯め、仕事の傍ら大学に入学した。今も、独力で学費と生活費と医療費を捻出しながら生活している。どれほどの壮絶な苦労を重ねたのか、私には想像もつかない。

Lが自活せざるを得なかった原因は、両親の凄惨な虐待である。Lは死ぬ寸前で実家を出奔した。両親とは法的に絶縁して現在の居場所も秘密にしているが、完全に連絡を絶つことはせず、話し合いを重ねている。それはひとつには、妹を自分と同じ目に遭わせないためであった。Lの働きかけが功を奏してか、Lの家出後、両親はカウンセリングを受けるなどしていくらか変化を遂げたそうだ。Lが見る限り、妹は十分に愛され適切な世話を受けているという。

 

その妹が、「迷惑している、早く忘れたい」と書いた。

 

Lが虐待されていた当時やっと生まれたばかりだった妹を、誰が責められよう。Lが妹のために心を砕いたことを妹本人が知らないのは、むしろLの本望であろう。でも、それにしても、あまりにもむごい。Lの気持ちはどうあれ、私は私の気持ちとして泣いた。しかし同時に、本当にLが死んだのか半信半疑だった気持ちが、さらに疑に傾いた。

 

これが本当にLの妹のツイートだったとして、Lのフォロワーに対してわざわざこんなことを言うだろうか。両親からLの悪口を吹き込まれて育っていたとしても。

大切な妹の印象を下げてまで自らの存在を「迷惑」と書くのは、自罰感情に苦しんでいたLの仕業を思わせた。

 

その日、Lとも私とも相互フォローであるBから、「L君は本当にいなくなっちゃったのかなあ」から始まるDMが突然届いた。Bとはほとんどやり取りをしたことがなかったが、我々はごく自然に会話を交わしていた。

 

B「L君は本当にいなくなっちゃったのかなあ」

呉樹「自罰の一貫で、ネット上の人間関係を永遠に絶ちたがっているのかも」

B「自分もそう思った。妹さんのツイート見て、あんなこと書くのL君っぽいなと思った」

呉「生きていてほしい」

B「うん。あんなこと書かなきゃいけないなんてどっちにしても悲しすぎるけど、生きていてほしい。残酷だけど、それでも、自分はL君に生きていてほしいと思う。残酷だけど」

呉「L君、皆会いたがってるよ」

B「抱きしめるから、起きてほしいなあ」

呉「皆で交代で抱きしめ続けるよ」

 

B「いっそ【Lの大学】の学務に行っちゃおうかと考えてる」

呉「私も考えてる」

B「【Lの勤務先の法律事務所】、家のすぐ近くにあるんだよね。後先考えない性格だから、うっかり行っちゃうかも。ぎりぎりで耐えてる」

呉「ほんとに行っちゃうよ、L君」

B「起きて、L君」

 

呉「言葉を交わさなくていい。生きているとこっそり知りたい」

B「そう。一生隠れたままでもいいから」

 

やり取りは、Lの思い出話を交えながら長時間に及んだ。我々は、近いうちにLの大学と職場を訪ねることを約束した。ちなみにBはLと同じ都内に住んでいる。私とCは西日本住みである。

 

Bは会話の終わりに、「突然なのに話してくれてありがとう。そろそろ誰かと話さないとだめになりそうだった」と言った。ここ数日、たった一言「L君に会いたいです L君起きて」と呟いただけで静かだったBの心痛が見て取れた。

 

人付き合いを避け、友人も恋人も作らず、オフ会などにも一切参加しないLだが、BだけはLとオフラインで会っている。偶然同じシンポジウムに参加していたときに少しだけ挨拶を交わしたという。Lと会ったことのあるTwitterユーザーは片手の指で数えられるほどしかおらず、Bはその数少ない1人である。それだけに、Bの悲しみは私のそれとはまた違ったものがあったのかもしれない。

 

 

■ 5日目

 

Lを悼む悲痛な声がTLにあがっている。Lの好きだった獺祭で乾杯をしている人もいた。

Bと話したこともあり、この件に関する私の取るべき行動が、私の中でまとまった。

 

Lの生死を確かめることだ。

 

推測に推測を重ねても堂々巡りをするだけである。生きていることがわかれば、言葉をかける必要はない。というか、かけてはいけない。

私やBが身辺を嗅ぎ回っていることを、Lには絶対に知られたくなかった。死を装うことがLの意志ならば、Lの決断を尊重したかった。Lが、Lは死んだと言うのなら、Lは死んだのだ。実際の生死を確かめるのは私のエゴにすぎない。

それに、覚悟の上で行動したものをばれたとなったら、今度こそLは“永久にいなくなってしまう”かもしれない。それだけは避けなければならない。

 

Lが本当に死んでいた場合の話としてもう1つ頭をよぎった行動は、Lの両親への報復である。

 

Lの実家――父親と母親と妹――は、Lの努力もあって今は機能不全をある程度脱している。しかし、Lの苦悩その他すべてをぶちまける文書を母親のメールアドレスに送りつけるなどすれば、Lを犠牲にして成り立っている家族の平安は崩壊するだろう。

また、母親はTwitterに近所の風景写真を多数アップロードしているから、本気で調べれば群馬県●●市以下の住所も特定可能だ。封書で揺さぶりをかけることもできる。

 

しかしこれはすぐに選択肢から消えた。Lの妹の害になることは絶対にしてはいけない。

Cも両親に報復をしたいと言っていた。というか、Cは私より具体的な内容まですでに考えていた。しかしCとて、やはり実際に手を下すことはしなかっただろう。

 

この日はLに、「【本名】君、いつまで解離してるの」とLINEした。

 

この頃私は、Lと相互フォローであるアカウントにL関係のことを書くのをやめた。Lの死を告げるツイートの直後に呟いたものもほとんど削除した。

 

理由は、1つには遺族の眼に触れさせないためである。Lの妹がずっとTLを見ている可能性は低いだろうが、一度はログインしていた可能性が否定できない以上、万一にも余計な動揺や心痛を与えたくはなかった。

 

もう1つの理由は、Lが戻ってきたときに平気な顔をして迎えたかったからである。

 

先述のように、Cはこの時点でLの死を確信していたが、私は信じ切れていなかった。Lが戻ってきたときに、私が悲しんでいた形跡をLに見られたくなかった。一度あることは二度あり、三度ある。私は、Lが何度狂言自殺をして何度戻ってきても、変わらずLを迎えたかった。アルコール依存症患者は、断酒に失敗して再び飲酒してしまったときに、かつて身近で断酒を支援した人間には申し訳なさからかえって相談できないことがあるという。私はLの支援者でも友人でもなんでもない他人だが、ほんの少しでもLを追い詰めるかもしれないことは避けたかった。

私とLは周囲から、友人とも兄弟とも疑似恋人とも称されてきたし、Lが私を「大切な友だち」とか「魂の兄弟」とか呼んでくれたこともあるが、それはあくまで生の苦しさを紛らわせるためのままごとのようなものだと思う。強情なLは、誰かに心を開くことすら自分に許してはいないと思うし、結局のところ我々はどうしようもなく他人なのだ。

 

私はBと相談しつつ、上京してLの足跡を探す準備を始めていた。

 

しかし、それらすべて、必要なくなった。

 

Lが戻って来たからだ。

 

 

■ 25日目

 

最初のツイートから3週間あまり経ったある日の早朝。

 

Lから「おはよう」とLINEが来た。

 

驚きはなく、ただ安堵した。そのまま他愛もない会話をした。Lはその後Twitterにも何やらとりとめのないことを書き込んでいた。Cがまた泣いていた(とツイートしていた)。

 

 

以上が、ことの顛末である。

私はLに何も質問していないし、LもTwitterでこの件について詳しく書くことはなく、以前と変わらない日常ツイートを続けている。何人かはLにDMを送ったようだが、Lがそれにどう答えたのかは知らない。Cによると、解離はしておらず正気の上での狂言自殺だと言っていたとのことだが、ずっと後になってLはちらりと「意図したものではない」とツイートしていたので、やはり病気が何らかの形で絡んでいたのかもしれない。Lの行動の目的も真相も、私にはわからない。

 

その後、Lに怒りをぶつけた人もいる。「どんな顔して悲しむ皆を見てたんですか」と問われたLが「赤の他人に気持ちを懸けるなんて馬鹿だなと思った」と返答するなどの出来事を経て、今に至る。これら余波にあたる出来事は本題ではないので詳しくは書かない。Lが相変わらず死にたい死にたいと呟く日常が戻ってきている。

 

Lが生きている。それだけで十分だ。Lは調子のいいときはオフ会しようなどと言ってくれるが、期待はしていない。ちなみにBとは、この騒動の3カ月後に初対面することができた。

 

最後に、特筆しておきたい感情の動きを記しておく。

 

◆「死にたい」と言う人を止めなかったことを後悔する

後悔した。Lには軟弱だと笑われるだろうが、正直言って、後悔してしまった。Lは毎日のように死にたいとツイートしていた。私との会話の中でも死にたいと言った。私はせいぜい「死なないでくれたら嬉しい」程度で、明確に「死ぬな」という言葉をかけたことはない。他者の生死に口を出す無礼はできないことに加えて、なんの責任も取れない他人に「死ぬな」と軽率に言われたくはなかろうと思っていたからだ。

 

「死ぬな」は綺麗事だと思っていたが、Lの自死(疑惑)を受けてからは、「そうだね、死にたいね」「死んだら私は悲しいよ」こそを綺麗事に感じた。綺麗事であることは百も承知の上で、それでも死んでくれるな、と空虚でもいいから断言できる勇気こそが尊いものであると実感した。

Lに死ぬなと言わなかったことを後悔した。命令できる立場じゃない、Lの苦しみを肩代わりできるわけじゃない、生の苦しみを強いることはできない、etc. 「死ぬな」を躊躇った理由は、 “死” の前では無意味だった。これまでの私の言動を反芻しては、後悔せずにいられなかった。

 

それでも私は、誰かの「死にたい」には今まで通り「死にたいね」と返している。これ以外の言葉はない。

 

 

◆人間の儚さを意識するようになった

会いたい人には速やかに会う。行きたい場所には行く。読みたいもの観たいもの聞きたいものを読む。観る。聞く。買う。うかうかしてたら皆死ぬ。

この一件以降、私はいい意味で図々しくなることができた。

 

 

◆非常事態に備えておくこと

なにか事件が起きたら、頭が回るうちに身辺整理をしておくべきだと思った。私は、「葬儀が終わった」ツイートを見た時点で、しばらく家から出られなくても生きていける食糧などをセッティングした。さらに、参加していたプロジェクト内の信頼できる人に「知人が自殺して動揺している。しばらく活動に参加できないかもしれない」と簡潔に一報した。これは良かったと思う。

 

 

◆個人情報の管理には気をつけて

私がLの家族の個人情報を特定したことに対してCはドン引きし、執着が度を越していて危うい、冷静になれ、と私を諌めたが、私の執念が異常なのではなくLの家族の個人情報管理が甘いだけだ。本名でTwitterをするな。娘の顔写真をそのまんま載せるな。「近所のカフェ」「近所のラーメン屋」「近所の公園」を名前と写真つきで載せるな。貴方の息子を好いているツイッタラーとかに監視されるぞ。

 

 

人は死ぬ。

 

避けられないそのときを少しでも穏やかに受け止めるために、今回の出来事を文章にした。

 

 

最後に、L。

これを読むことはないかもしれないが書いておく。

 

生きていてくれてありがとう。君と知り合えてよかった。

 

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【補足】個人情報には一部フェイクを織り交ぜてあります。L、B、Cさん、その他関係各位、問題があれば修正・削除等しますのですぐ言うてください。

 

【追記】

2018年夏、Lと会うことができたときの話

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Lの本名の話

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