ここ2週間、住居を離れて、海の近くの街に来ている。
家主は朝6時に起きて仕事に出る。わたしはそれを見送り、布団に横たわったま午前中を過ごす。二度寝することもある。
12時頃には完全に眼が覚める。ここで薬を飲む。家主が弁当を作った日は、炊飯器に白飯が残っているので、玉子かけご飯か鮭茶漬けにして食べる。白飯がない日はレトルトのご飯をチンし、やはり玉子か茶漬けで食べる。
14時頃になると薬が効いてきて、多少身動きがとれるようになる。布団を出てトイレに行く。顔を洗えたらもっと良いのだが、それができる日は少ない。
スマホで漫画を読むか、SNSを見るか、カメラフォルダを整理して過ごす。これくらいしかできることがない。
薬は、最近は効能よりも動悸と発汗と焦燥の副作用が酷く出る。飲まないことも多い。
出かけたい場所はあるが、出かけられる精神状態に持っていける頃には大抵17時を過ぎている。
そこからシャワーを浴びて髪を乾かして服を選んでいると、もう夕暮れだ。外出は諦めて、布団に戻る。食欲はないが、エナジーゼリーかなにか、できるだけ口にするようにしている。
外出は叶わなくても、外出を目指して身支度を整える行為はわたしをわずかに元気づけるので、できるだけ外出を試みるようにしている。たまに本当に外出できることもある。
20時頃、家主が帰宅する。夕食は一緒に摂ることも別々のこともある。2人でコンビニに買い物に出るなどして夜を過ごし、日付が変わる頃に就寝する。
静穏な毎日だ。これほどなにもせず、ただただ一日をやり過ごすような時間の使い方をする機会は、もうこれっきりないだろう。
毎日、ひたすらじっと息を潜めている。
わたしを探している魔物から隠れて、じっと息を潜めている。
わたしを探している魔物は、逃げ隠れしている時間のぶんだけ数を増やし、強大になる。中にはわたしが妄想で作り出した魔物もいるのだが、本物の魔物がいることも確かだ。
2週間、逃げ隠れした。魔物は、逃げ隠れしている時間のぶんだけ数を増やし、強大になった。
海が近いこの街は同時に、線路が近い街でもある。魔物に立ち向かわなくて済む方法を、指名手配犯は知っている。室内にいると波の音は聞こえないが、踏切の音は聞こえる。
聞こえる音はもう一つある。毎日17時に防災無線から流れるミュージックチャイムだ。
時間の感覚が必要ない生活をしているわたしにも、その音は毎日届く。
17時。魔物の足音に似たそれは今日も聞こえた。
わたしにとっては脅威だが、指名手配犯にも平等に訪れてくれるものは時間くらいしかないのもまた事実である。
指名手配犯はあらゆるものから締め出されているが、時間だけは、どんなわたしも受け入れる。いつでも、わけへだてなく、かわらず、わたしをやさしく迎えてくれる。
17時。オルゴールのメロディは明日もわたしに届く。
明後日、指名手配犯は海の近くの街を出て、家に帰る。