敏感肌ADHDが生活を試みる

For A Better Tomorrow

おそらく永遠にわたしのものにはならない、高価で美しい服たちを欲望し続けること

 

 

 

この間ね、2万9000円の素敵なカットソーがね、目に飛び込んできて。受注生産で。悩んだけど、諦めたんです、お金がないから。でもわたしは好きよ、あのカットソー。わたしの手には入らなかったけれど。わたしの手に入らなくても、すてきなものはいつだってすてきなのよ。

永遠にわたしのものにはならない美しさを、それでも愛していきたいんです。この安アパートの小さな部屋の、煎餅布団の中から。自分のものにならなくてひもじいからって、美しいものから目を逸らしたくはないの。

 

可処分所得が少ないのはつまらない。

きれいなものを見て心を動かされても、わたしがそれを手に入れることは決してない。きれいだと思った気持ちは、わたしの中で芽吹いて、そのまま枯れる。その繰り返しだ。わたしは日々、自分の感性を自分で押し殺しながら生きている。感動を購買という形で表現することができない。そんな生活が、たぶんこの先何十年も続く。それでも、きれいなものをきれいだと感じることをやめたくはない。わたし個人の財布にお金がないというくだらない事実を、世界に溢れる素敵なものを諦める理由にしてはいけないのだ。

 

せめて、わたしの好きな服を、文章で表現してみようか。

色は黒。すべての色彩の中で、最も華やかな色だと思う。色の褪せ方に値段が表れる。高い黒は、濃い。

生地はポリエステル100%。艶があり、劣化しにくく、洗濯が簡単で、シワにならず迅速に乾く。鬱のADHDでも管理できる。おおむね肌触りがよくて、感覚過敏を刺激しない。

布量は多ければ多いほどいい。永遠に波打つ優美なドレープに溺れていたい。わたしの体型や雰囲気に一番似合う装飾は、柄でもパーツでもなく、布量と長さである。布量が多い上等な服特有のしっとりとした重さを愛している。そういう服を着るときは、重さに負けないように、ひきずってしまわないように、背筋を伸ばして闊歩する必要がある。物理的必要性と精神性の、幸福な一致。

 

 

 

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この国は、個人のささやかな願いを緩慢に縊り殺すことに長けている。今日の、内閣総理大臣 feat. うちで踊ろうの動画だってそうだ。意味なんかないさ(オレの)暮らしがあるだけ、という聞き慣れたフレーズが最悪のタイミングで頭をよぎりそうになるが、実際のところ意味はあるのだろう。われわれを沈黙させ、学習性無力に陥らせるという意味が。お前たちの声は、姿は、聞こえない、見えていないと、繰り返し繰り返し有形無形のメッセージを発せられて、それでもまだ声を上げる気力のある人がどれだけいるというのか。無気力の沼地は常に背後にあって、なまぬるい銃口を突きつけてくる。

それに抗うため―― というわけでもないが、ひとつ買い物をした。

 

黒い服を着た袖口。

 

極薄のオーガンジーを贅沢に使ったサマーコート。わたしが散財できる範囲の金額で手に入れた、わたしの欲望の証だ。春夏秋にお出かけするときは、これを着倒すことに決めた―― 今年度は出かける機会があるかも怪しいが、いつかは来ると信じて。

インナーは気温によって変える。ボトムは、アシンメトリーのペンシルスカートにしようか。または、マットサテンのワイドパンツ。または、シャーリングつきでドレープをたっぷり採ったロングスカート。靴は、去年も活躍したバイカラーのレザーサンダル。

 

わたしの欲望は、誰にも手出しさせない。国にも、わたし自身の弱さにも。

今日も生きる。

 

 

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