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オムファタルな雀士に恋する極道たちが大渋滞! 傑作麻雀漫画『哭きの竜』の話を聞いてくれ

 

 

 

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漫画『哭きの竜』の1巻が、Kindleで2024年2月1日まで無料公開中である。

全部で5巻しかなく、今ならポイントバックもついてきて大変お得です。この機会にぜひ読んでほしいので、紹介していきます。大々的なネタバレはしていないつもりだが、具体的な台詞を引用したりはするので注意してください。

 

 

 

 

 

1.麻雀知識の要らない麻雀漫画

能條純一作『哭きの竜』は、1985年から90年にかけて麻雀雑誌の『別冊近代麻雀』で連載された麻雀漫画である。それまでの麻雀漫画が賭博としてのスリルを重視しており、スポ根風の作画で派手なイカサマを駆使するものが多かった中、クールな美男子が正当なルールに則ってスマートに快勝していく展開は斬新であり、後年の麻雀漫画に大きな影響を与えたという。しかし『哭きの竜』を読むあたって麻雀のルールを知っている必要はまったくない。実際、これを書いているわたしは麻雀を1ミリも知らないが問題なく楽しめた。ストーリーはシンプルだ。鳴き麻雀を得意とする天才雀士・竜の強運に魅せられたやくざたちが、彼を配下に収めようと抗争を繰り広げるだけ。つまり、男ヒロイン・竜を巡って男たちが争うラブストーリーなんですね。

竜の強さは物語の最初から極まっており、成長譚ではない。絶対的ヒロインとして最初から最後まで君臨する。『グラップラー刃牙』に近い構造で、途中から刃牙よりも脇役の出番が多くなるのも似ている。刃牙シリーズの範馬刃牙のヒロイン性はボーイズラブ研究家の金田淳子が著書『『グラップラー刃牙』はBLではないかと1日30時間300日考えた乙女の記録ッッ』で論じています。

 

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それでも、刃牙を読んでも総合格闘技がわかるようにはならないが、『哭きの竜』はイカサマなし・ファンタジーなしなので、読めば基本的な麻雀用語は記憶に残るくらいにはしっかり麻雀描写に尺が取られている。しかし麻雀の知識は必要ない。なぜなら、見せ場では竜が必ず決め台詞を吐いて教えてくれるからです。『哭きの竜』にはいくつか名言とされる台詞がある。ネットミームやパロディとして流通している「あンた、背中が煤けてるぜ」のほか、「オレは己れ(おのれ)の運に身をまかせたことなどない ましてや他人の運をあてにする程愚かではない」「時の刻みはあンただけのものじゃない」「命の深さを卑下する者に真の勝負は語れない」のような名言があります。というかそもそも竜は無口キャラなので台詞が全部で10個くらいしかなく、対局の見せ場では名言のうちのどれかをランダムでドロップする仕組みだと思ってくれてかまわない。

ロン、ポン、トイトイ

ロン、ポン、トイトイ

ロンポントイトイ ロンポントイトイ

ロンロンロンロン トイトイトイトイ……

 

「あンた、背中が煤けてるぜ」

 

(フロア熱狂)

のような流れですね。「この紋所が目に入らぬか!→一同平伏」と同じ。ほかにも、イキってる雑魚キャラを相手に竜が身分を隠してロンとかポンとか言ってると雑魚キャラがみるみるうちに焦りはじめて「あ、あンたはまさか哭きの竜~~~!??」って言い出すのもお決まりの演出です。ロン→ポン→トイトイ→「あンたはまさか哭きの竜~~~!??」っていう、「ウルトラソゥッッ!!→ハァイ!!」みたいな合いの手、もしくはそういう音ゲー。水戸黄門でも、ただの紋所に命のやり取りを中断してまで即平伏させる威力があることは、現代人には感覚的には理解しにくい。しかし場の雰囲気でなんとなくカタルシスを感じて気持ち良くなってしまうのと同じで、麻雀のルールがまったくわからなくても、「あンた、背中が煤けてるぜ」または「あンたはまさか哭きの竜~~~!??」が発せられたらそれは麻雀の山場なのである。

 

 

 

2.ラブストーリー、または猫漫画としての『哭きの竜』

さて、『哭きの竜』のラブストーリー性の話に戻ろう。

登場するやくざたちは皆竜と対局してはその剛運に魅せられ、竜を奪い合って血で血を洗う抗争を繰り広げる。その間竜はただ麻雀を打っているだけであり、なにもしてない。「皆やめて! 私のために争わないで!」と叫ぶヒロインは少なくとも自分を巡って争いが起きていることは自覚しているが、竜はその自覚すらない。そんなクールなところもイイ、とばかりに竜を巡って争い、ときに命を散らしていくやくざたち。皆「竜を手に入れる」「わしのもンになりや」「この手の中に入れるまではわしゃ死んでも死にきれんわ」「おめぇの“運”がなけりゃあわしは日本一になれんのじゃ」などと威勢がいいが、誰も具体的にどうしたいのかを言わないのが面白いですね。竜はやくざではない民間人なので殺しのテクニックがあるわけでもなく、組員にしても仕方がない。お屋敷のお庭に小屋を作って住まわせるのかな? 猫ちゃんみたいで可愛いね。実際、なにもしてないクールな竜に周囲の人間が勝手に「どしたの~~~♡♡♡」とか言ってはあまりの可愛さに尊死(とうとし)していく様子はかなり猫と人間のそれに近い。なにもしていなくても可愛い猫ちゃんにバリエーション豊かなおじさんたちが群がる漫画としては『ねこに転生したおじさん』に近いものがあります。

 

 

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動物漫画といえば、『動物のお医者さん』もかなり『哭きの竜』っぽいと思う。『動物のお医者さん』も、いつでも平熱のハムテルが無自覚な絶対的男ヒロインであり、たびたび進路を変えてまでハムテルについていく二階堂はじめ、全員がハムテルを好いている。

 

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竜はなんとも最強の男ヒロイン、もといオムファタルなわけだが、竜がオムファタルというのはおたくが大げさに言っているわけではなく、実際にやくざの一人が竜を「魔性の男」と呼ぶシーンがあるのでお楽しみに。勝手に魔性の男認定され、存在する限りやくざ同士の抗争は終わらないと恐れられるようになった竜の命運やいかに!? というのが後半の展開である。全5巻、水戸黄門みたいに永遠にやれそうなフォーマットに見えて意外と短いが、潔い幕切れであった。

 

 

 

竜のクールさは徹底しており、イエネコが普段8割がた寝ていて少しだけ食べる・毛づくろいする・糞するくらいしか行動のバリエーションがないのと同じで、竜も8割麻雀をしており、あとは俯き加減で煙草を吸いながら新宿(ジュク)の街を歩く・ティアドロップのサングラスをつけたり外したりする・セックスするくらいしかしない。同時期に連載されていた『クライングフリーマン』のフリーマンが初代ヒロインに出会うまでは性交未経験だった(理由はとくに説明されない)ように、ストイックでミステリアスなキャラクターはハンサムであっても童貞っぽくなりがちだが、竜はしっかりセックスするシーンがある。とはいえバリエーションはフェラチオと騎乗位だけで完全に女任せ、性欲処理の道具でしかない感じが最高に往年のハードボイルドコンテンツという感じですね。相手の女性は竜に惚れているが、基本的に「寂しさに耐えながら竜を待つ」「竜とセックスする」の2パターンの行動しか描かれず、名前すら登場しないのが演歌みたいな不憫さ。この女性が竜を想うあまりついに積極行動に出るくだりは、中島みゆきの名曲「友情」と絡んだ世紀の名場面である。

 

友情(リマスター)

友情(リマスター)

  • 中島みゆき
  • J-Pop
  • ¥255
  • provided courtesy of iTunes

 

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中島みゆきの「友情」はモブがうっかりスイッチを入れてしまったラジオから流れるという設定なのだが、バブル期の新宿を精緻に描いた背景美術と相まって、映像作品のような演出だ。実際何度かアニメ化・実写映画化されているがわたしは未見です。

 

 

 

3.竜に群がる極道たち

竜の女のほか、竜に執着するやくざたちにも触れておこう。次々登場するやくざたちは皆、竜の強運に惚れ込んで竜を手元に置きたがる。招き猫と同じ扱いであり、現代においても成功した経営者は意外と縁起や占いを気にするという話に通じるのかもしれませんね。やくざであるので、次々登場しては次々命を落とすわけだが、次々に新規おじが投入されるのでなんの問題もなく物語が回る。新規おじの心情についてはナレーションが「○○会若頭□□、のちにこう述懐す──」のような形で解説してくれます。この後出しじゃんけん感は、作劇上の欠点でもあり独特の魅力でもある。この形式だと大した伏線もなく雑に投入された新規おじのバックボーンをいくらでも後づけできるので天才の発明だと思う。本当に大した伏線がない(顔の作画も似ている)ので読者はたまに混乱しますが、「桜道会」「甲斐組」などの基本的な固有名詞さえ憶えておけばなんとかなると思います。

麻雀の知識も記憶力もなくても楽しめる『哭きの竜』だが、先述したように麻雀シーンはイカサマなし・フィクションなしでしっかり描写されるので、麻雀を知っている人ももちろん楽しめると思う。ちなみに作者の能條純一自身は麻雀をあまりわかっていないまま描いていたことを後年告白している。

 

 

以上、『哭きの竜』についてでした。

新装版の1巻無料は2024年2月1日まで。

 

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2005年には『哭きの竜 外伝』が発表されているが、後出しの続編がつまらなかったら夢が壊れるので怖くて読めていません。こちらも現在Kindleでポイント還元中。

 

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2016年の特別読切『哭きの竜~GENECIS~』もあり。こちらもわたしは未読。

 

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