敏感肌ADHDが生活を試みる

For A Better Tomorrow

顔のない女性のイラストが表紙のフェミニズム本をまとめてみた【キム・ジヨン以降】

 

 

 

※本記事はアフィリエイトリンクを含みます。

 

ここ2、3年、「顔のない女性のイラストが表紙のフェミニズム本」が流行ってませんか?

 

 

わたしが気づいたきっかけは、2022年3月発売『母親になって後悔してる』の表紙が、2018年12月発売『82年生まれ、キム・ジヨン』に似ていると感じたことである。一方は韓国の小説で他方はドイツのノンフィクションとジャンルを異にする2冊ではあるが、日本においては、従来見過ごされてきた女性ジェンダーの困難を取り上げたフェミニズム関連書籍としてどこか似た受容をされていたように思う。調べてみると、装画担当者が同じであった。それからも気をつけて見ていると、キム・ジヨン以降、「顔のない女性のイラストが表紙のフェミニズム本」は複数発行されており、同じ装画担当者・装丁担当者によるものもたくさんあった。わたしは大半が未読であるため、込み入った考察をできる立場にないが、気づきメモとしてまとめておく。

 

 

 

 

榎本マリコについて

 
 
 
 
 
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まず、画家の榎本マリコ氏について書いておく。今回取り上げるフェミニズム関連書籍は、大半が榎本マリコ氏によるものであった。わたしが流行だと思っていたイラストは実は一人のクリエイターによるものだったのだ。

榎本マリコ氏は1982年生まれ、東京都在住。日本画家であった曾祖父の影響もあり、幼い頃から自然と絵のある環境で育つ。ファッションを学んだのち、独学で絵を描き始め、雑誌の挿画やミュージシャンのCDデザインなどで活躍している。

 

榎本マリコの表現する作品は、これまで見たこともない不思議な世界を創りだし、シュールな雰囲気を醸し出している。

人間と動物や植物が一体となったり、絶対にありえない情景を描き出すが、そこにはなぜか違和感を感じさせない力強さがあるのである。

彼女の現実離れした世界観は脳内の空想の世界を抜け出し、我々にあらためて見えてくる事実を突きつけてくるからだ。

 

出典:榎本マリコ,Mariko Enomoto|@GALLERY TAGBOAT

 

2023年11月25日には、最初の作品集である『空と花とメランコリー』が芸術新聞社から発売された。デザインの名久井直子氏はキム・ジヨンの装丁担当者でもある。

 

www.gei-shin.co.jp

 

「今を生きるすべての女性に捧ぐ── それは誰でもなく誰でもある肖像」という惹句がつけられており、まさに榎本マリコ氏の作品が数多のフェミニズム本に求められた理由を示していると言えるだろう。

 

 

 

顔のない女性のイラストが表紙のフェミニズム本

順序は日本での刊行年順とした。装丁・装幀・デザイン等の表記揺れは出版社公式ページ準拠。「フェミニズム本」の定義はわたしの主観。

 

■82年生まれ、キム・ジヨン

www.chikumashobo.co.jp

82년생 김지영/Kim Ji Young, Born in ’82

原著発売:2016.10.14 日本版発売:2018.12.8

筑摩書房

著:チョ・ナムジュ 訳:斎藤真理子 装画:榎本マリコ 装丁:名久井直子

ジャンル:小説

 

2023年2月13日発売の文庫版も同じデザイン。

特設サイトにて榎本マリコ氏と名久井直子氏のコメントが公開されている。

 

「装画について」

榎本マリコ

表紙の顔の中の風景は、ニューメキシコ州のアビキューという土地を描いています。

乾いた風の音と鳥の声以外何も聞こえないような場所で、浄化される感覚を覚えた私の一番好きな場所です。

きっと常々思い焦がれているので無意識にこの風景を描きたくなるんだと思います。

私の作品は、"此処ではないどこかへ"という想像の中の自由な世界を描くことが多いので、名久井さんがこの絵を選んでくださったことで、今回の主人公の心情にも少しリンクすることができたのかなと思っています。

 

「装丁について」

名久井直子

わたしが榎本さんのあの絵を選んだコンセプトは、

社会の中で自分の顔(主体)があやうい状態を表したかったのです。

透明人間になっているような。

鏡にも風景が映っているのは、

鏡にさえ、自分が映らないという喪失感のようなもの、を追加したかったのです。

 

いずれも出典:筑摩書房 82年生まれ、キム・ジヨン チョ・ナムジュ 訳 斎藤真理子

 

こちらの記事には各国の表紙がまとめられている。原著である韓国版も、日本版とテイストは違うが、顔が不明瞭な女性のイラストである。

 

https://www.kocis.go.kr/koreanet/view.do?seq=1033775&page=8&pageSize=10&photoPageSize=6&totalCount=0&searchType=&searchText=&cateCode=

 

 

■僕の狂ったフェミ彼女

www.eastpress.co.jp

나의 미친 페미니스트 여자친구

原著発売:2019.5.24 日本版発売:2022.3.17

イースト・プレス

著:ミン・ジヒョン 訳:加藤慧 装画:uyumint 装丁:chichols

ジャンル:小説

 

本記事の「顔のない女性のイラストが表紙のフェミニズム本」の項目で取り上げる中では唯一、榎本マリコ装画ではない。実際、「顔がない」というよりはシンプルに「今は顔が隠れている(これから顔を見せる)」に近く、ニュアンスがまったく違う。愛らしかった恋人の変貌を読者に期待させるという演出上の意図が明確。

 

■母親になって後悔してる

www.shinchosha.co.jp

Regretting Motherhood

原著発売:2016 日本版発売:2022.3.24

新潮社

著:オルナ・ドーナト 訳:鹿田昌美 装画:榎本マリコ 装幀:新潮社装幀室

ジャンル:ノンフィクション

 

原著発売はキム・ジヨンと同じ2016年である。英語のペーパーバック発売は2017年7月11日。

妊娠・出産・育児は、長らく女性には当然の義務とされ、当然喜んで行うものとされてきた。それを後悔することはこの社会ではタブーであり、言葉にした途端非難にさらされる。顔のない女性のイラストは、匿名でなければ口に出せない叫びを象徴しているのだろう。女性であることを示唆するのみの匿名の告発という印象も受けるので、Me Too以降のSNS的であるとも思う。

 

■妾と愛人のフェミニズム 近・現代の一夫一婦の裏面史

www.seikyusha.co.jp

発売:2023.3.27

青弓社

著:石島亜由美 装画:榎本マリコ デザイン:藤田美咲

ジャンル:人文書

 

近代的な婚姻システムにおいては「正妻」に比べて下位の序列とされている女性の「日陰の身」たる境遇を、顔を隠すことで表現していると思われる。

 

■覚醒せよ、セイレーン

sayusha.com

Wake, Siren: Ovid Resung

原著発売:2019.11 日本版発売:2023.5.30

左右社

著:ニナ・マグロクリン 訳:小澤身和子 装画:榎本マリコ 装幀:柳川貴代

ジャンル:小説

 

人文書ではなく小説だが、ラテン語文学の古典『変身物語』を女性キャラクターに注目して語り直し、周縁化されてきた女性の声を掬い上げる短編集とのことで、紛れもなくフェミニズム本であろう。

草花だけでなく生き物も描き込まれている。蛇は海神ネプトゥーヌスに襲われたメドゥーサ、矢と熊はユピテル(英語ではキューピッド)に狙われおおぐま座にされたカリスト、羽根は夫の死を嘆いて投身しカワセミになったアルキュオネを示していると思われる。

 

■それでも母親になるべきですか

www.shinchosha.co.jp

Without Children: The Long History of Not Being a Mother

原著発売:2023.4.18 日本版発売:2023.11.22

新潮社

著:ペギー・オドネル・ヘフィントン 訳:鹿田昌美 装画:榎本マリコ 装幀:新潮社装幀室

ジャンル:ノンフィクション

 

『母親になって後悔してる』の新潮社から発売。著者は異なるが、明らかに関連書としてパッケージングされている。装幀はいずれも新潮社装幀室名義。「産業革命や戦争、不景気、宗教、環境問題、医療などが、いかに女性の人生を翻弄し、その選択を変化させてきたかを描き出す。社会が突き付ける選択の裏にある女性たちの語られざる思いに迫り、現代の常識から女性を解き放つ一冊」とのことで、やはり透明化・周縁化の象徴として顔のない女性イラストが採用されているのだろう。

 

 

 

 

顔のない女性のイラストが表紙のその他の本──榎本マリコ装画

参考までに、フェミニズム関連書籍以外で、キム・ジヨン以降に発売された榎本マリコ装画の書籍を挙げておく。いずれもわたしは未読なので、内容にフェミニズム要素を含む可能性は大いにあるが(たとえばウェンディ・ウォーカー『まだすべてを忘れたわけではない』は、あらすじによると性暴力とそれを生み出す構造を主題としている)、少なくとも直接的にそのようにはプロモーションされていないと判断したものをこちらに分類している。

榎本マリコ氏のSNSやホームページを主なソースとして、できるだけサーチしたつもりだが、抜け漏れがあったらすみません。

 

■まだすべてを忘れたわけではない

bookclub.kodansha.co.jp

All is not forgotten

発売:2019.6.13

講談社文庫

著:ウェンディ・ウォーカー 訳:池田真紀子 装画:榎本マリコ デザイン:岡本歌織

ジャンル:小説

 

■ホープは突然現れる

www.kadokawa.co.jp

THE SUDDEN APPEARANCE OF HOPE

発売:2019.6.14 

角川文庫

著:クレア・ノース 訳:雨海弘美 装画:榎本マリコ カバーデザイン:大原由衣

ジャンル:小説

 

珍しくダークスキンの女性表象が描かれている。

 

 

■法廷遊戯

bookclub.kodansha.co.jp

発売:2020.7.15

講談社

著:五十嵐律人 装画:榎本マリコ 装丁:小口翔平(tobufune)

ジャンル:ミステリー

 

2023年4月14日発売の文庫版も同じデザイン。

装丁の小口翔平氏のインタビューが公開されている。女性は登場人物の一人であり、イメージが固定されるのを避けつつミステリー感も出すために表情を隠したとのこと。

 

tree-novel.com

 

小口氏は五十嵐律人作品を複数手がけている(後述)。

 

■滅びの前のシャングリラ

www.chuko.co.jp

発売:2020.10.8

中央公論新社

著:凪良ゆう 装画:榎本マリコ 装丁:bookwall

ジャンル:アポカリプス

 

浅野いにおによる限定版表紙もあり。

 

 

 

■幻の女 ミステリ短篇傑作選

www.chikumashobo.co.jp

発売:2021.1.9

ちくま文庫

著:田中小実昌 装画:榎本マリコ デザイン:円と球

ジャンル:ミステリー

 

■スクリーンが待っている

www.shogakukan.co.jp

発売:2021.1.15

小学館

著:西川美和 装画:榎本マリコ 装丁:長﨑綾

ジャンル:エッセイ

 

■家庭用安心坑夫

bookclub.kodansha.co.jp

発売:2022.7.11

講談社

著:小砂川チト 装画:榎本マリコ 装幀:岡本歌織

ジャンル:ミステリー

 

珍しく、女性ではなく男性表象と思われるイラスト。

 

■その丘が黄金ならば

www.hayakawa-online.co.jp

How Much of These Hills Is Gold

原著発売:2020.4.7 日本版発売:2022.7.20

早川書房

著:C・パム・ジャン 訳:藤井光 装画:榎本マリコ デザイン:早川書房デザイン室

ジャンル:小説

 

■ある大学教員の日常と非日常 障害者モード、コロナ禍、ウクライナ侵攻

www.shobunsha.co.jp

発売:2022.10.12

晶文社

著:横道誠 装画:榎本マリコ 装丁:川名潤

ジャンル:エッセイ

 

コロナ禍、ウクライナ侵攻下に赴いた著者の「迷宮めぐり」の記録。編集のAndoAkira氏によると、著者の不安な心象風景を表現したデザインとのこと。

 

 

■九月と七月の姉妹

www.tsogen.co.jp

Sisters

原著発売:2020.8.13 日本版発売:2023.6.30

東京創元社

著:デイジー・ジョンソン 訳:市田泉 装画:榎本マリコ デザイン:岡本歌織

ジャンル:小説

 

■不可逆少年

bookclub.kodansha.co.jp

発売:2023.10.13

講談社文庫

著:五十嵐律人 装画:榎本マリコ 装丁:小口翔平(tobufune)

ジャンル:ミステリー

 

2021年1月27日発売の単行本の文庫化。元の単行本のデザインは、装丁は同じくtobufuneの小口翔平氏だが、装画はみなはむ氏というべつのクリエイターである。

 

bookclub.kodansha.co.jp

 

同著者による『法廷遊戯』は、2020年7月15日発売の単行本・2023年4月14日発売の文庫本ともに装画榎本マリコ・装丁tobufuneでデザインされている。『不可逆少年』も文庫化にあたって統一されたようだ。

 

 

また、2021年7月15日発売の五十嵐律人『原因において自由な物語』も装丁者はtobufuneの小口翔平氏である。装画はjunaida(ジュナイダ)氏というべつのクリエイターの既存作品だが、顔を隠した女性の写実的なイラストということでどこか統一感がある。

 

genji.kodansha.co.jp

 

 

■猿の戴冠式

bookclub.kodansha.co.jp

発売:2024.1.19

講談社

著:小砂川チト 装画:榎本マリコ デザイン:岡本歌織

ジャンル:小説

 

 

 

顔のない女性のイラストが表紙のその他の本──榎本マリコ装画以外

■意識をゆさぶる植物──アヘン・カフェイン・メスカリンの可能性

意識をゆさぶる植物 アヘン・カフェイン・メスカリンの可能性(亜紀書房翻訳ノンフィクション・シリーズⅣ-11)akishoboshop.com

This is your mind on plants

原著発売:2021.7.2 日本版発売:2023.5.24

亜紀書房

著:マイケル・ポーラン 訳:宮﨑真紀 装画:ルネ・マグリット『世界大戦』 装幀:五十嵐徹

ジャンル:ノンフィクション

 

ルネ・マグリットの1964年の作品。ちなみに榎本マリコ氏の作品はしばしば、マグリットを彷彿させると評されている。

 

www.watowa.jp

 

榎本の作品は、植物や生物が目や鼻を覆い隠すように配されたポートレートに特徴づけられますが、それだけに留まらず、顔のなかに風景が広がっているように見えるものや、上半身が植物ですっかり覆われてしまっているような作品など、顔の見えない人物を軸に多様に展開されています。榎本が影響を受けたというエリザベス・ペイトンやリュック・タイマンスといった新具象派的な描写に加えて、人物の顔面から異世界が広がる幻惑的な世界観からはルネ・マグリットやサルバドール・ダリといったシュルレアリスムのエッセンスも感じられます。榎本の近作は、絵画におけるこれらのジャンルを横断しながら、イラストレーションを芸術に接続し昇華させる試みといえるでしょう。

 

 

 

参考 顔のある女性のイラストのフェミニズム本

参考までに、流行に反して顔のある女性のイラストが描かれているフェミニズム関連書籍(キム・ジヨン以降)を挙げておく。これはすべてを挙げようと思うと膨大な数になると思われるので、個人的に印象に残っていた話題書のみ。

 

■布団の中から蜂起せよ アナーカ・フェミニズムのための断章

www.jimbunshoin.co.jp

発売:2022.10.25

人文書院

著:高島鈴 装画:松本大幹 装丁・本文デザイン:宮越里子

ジャンル:エッセイ

 

著者によるとジェンダーを限定しない人物をオーダーしたとのことなので、女性のイラストとは限らないが、参考までに取り上げる。紀伊國屋じんぶん大賞2023受賞作。帯コメントを寄せているのは『82年生まれ、キム・ジヨン』の訳者である斎藤真理子である。

高島鈴とは個人的に交友があるので、せっかくなので表紙の意図を訊いてみた。それによると、当初デザイナーからは布団の中から目だけを覗かせて顔がまったく見えないイラストを提案されたが、あえて顔を描いてアニメ調の表紙であることを強調すれば若向けになるとも言われ、中高生にも読んでもらうために後者を選択したとのこと。高島から装画担当者へのオーダーは「ジェンダーがわからない人物が、汚い部屋の中の布団に突っ伏していて、黒旗が掲げられている」。「汚い部屋」のモデルを高島自身の私室としたのは装画担当者の意向だそうである。

 

■それでも女をやっていく

www.wani.co.jp

発売:2023.2.6

ワニブックス

著:ひらりさ 装画:ばったん 装丁:岡本歌織

ジャンル:エッセイ

 

人文書ではないが、フェミニズム関連の話題書として取り上げる。顔がないどころか、ピンク髪というそこそこ個性強めな女性表象が2人描かれている。1人は後ろ姿で、1人の顔も半分隠れているが、目ははっきり見えているのが特徴的。花(スズラン)も用いられているが、顔を覆うのではなく衣服の袖に配置されている。

 

 

装丁の岡本歌織氏はデザイン集団next door design所属で、『まだすべてを忘れたわけではない』『家庭用安心坑夫』『九月と七月の姉妹』『猿の戴冠式』と、榎本マリコ装画書籍を多数手がけている。Google検索では2013年のインタビュー再録がヒットするが、インタビュアーが堂々と岡本氏の容姿に言及していてびっくりしてしまう。

 

www.hataraku-ikuji.jp

 

 

まとめ第二弾はこちら。

 

www.infernalbunny.com