わたしを殺してこない美容本は実在した。長田杏奈『美容は自尊心の筋トレ』感想

 

地方住みなので、発売当日に入手することはできなかった。数日遅れで手に取って、“私の救世主は私” という帯のキャッチコピーを目にしたとき、身体が震えたのを憶えている。

 

心に残る一冊になるであろうことは確信していた。だからか、いざ入手してみるととてもじゃないけれどすぐに開くことができず、いたずらに時を過ごして、やっと今日、勇気を振り絞ってページを開き、一気に読了した。発売から一カ月近く遅れたが、感想を書くことにする。どれほど素敵なご本であるかは、すでに語り尽くされていると思うので、ごく私的な感慨だけ。

 

まずひとつ。

わたしは、ファッション誌や美容誌を読むのが好きだが、それらを信頼してはいない。とはいえ、ことさらに批判的な気持ちで見ているわけでもない。失望するまでもなく、憤るまでもなく、こんなのは見慣れた光景だからだ。


本当に、本当に、見慣れているのだ。あまねくすべての人をエンパワメントし得る文化であるはずのものが、人を属性で区切って、規範に縛りつけて、抑圧そのものと化す光景なんて。わたしたちに楽しみを与えてくれる一方で、諸刃の剣のようにわたしたちを刺してくるなんて。美容書は、美容という文化は、その矛盾を決して越えられないし、そんなもんだと諦めていた。

べつに美容に限った話ではないと思う。「あなたらしさ」をさも尊いことのように称揚する一方で、既存の社会構造に過剰適応を促すような「【属性】らしさ」を説く二枚舌は、ファッション誌の専売特許ではない。親が、隣人が、メディアが、ありとあらゆるコンテンツが、この国全体が、巨大な二律背反を押しつけてくるのなんて、誰もが見慣れた光景だろう。

 

諦めていた。美容という文化は人並みに好きでも、心から信頼するのではなく、好ましい部分だけをつまみ食いしてあとは自衛するしかないと思っていた。ファッション誌はツッコミを入れながら読むものだった。心底愛せる美容書なんて存在しないと、諦めきっていた。どうせ見つからないから、いつか自分で作りたいなあとか夢想していた。

 

 

でも、希望は突然舞い降りた。

『美容は自尊心の筋トレ』があった。

余計な御託はもう要らない。本文中から、個人的に心に残った文章をいくつか引用させていただく。

 

いつかどこかで誰かの琴線に触れた、まだ見ぬ美しさは世界中に散らばっている。「美に見放された」と嘆くのは、手当たり次第に捜索しまくった後でも遅くはない。
p.44
―― 第一章 生まれ出づる私の悩み より

 

「私なんて」と思ってしまうのは、文化や環境や人間関係などいろいろな原因が複雑に絡み合っていることが多く、あなたのせいではない。一方で、その私なんて無間地獄から自分を救出できる勇敢なヒーローは、あなた自身なのだ。思いつく限りのあらゆる方法で、「私なんて」への抵抗を試みてほしい。
p.54
―― 第二章 天はあの子の上に私をつくらず、私の上にあの子をつくらず より

 

現代社会においていつもご機嫌でいるということは、決してお気楽で能天気な鈍感人間になるということではない。自らを労わり律して他人を思いやり、マイナスな事象を分析して消化する不断の努力と胆力が必要なのだ。
p.112


ご機嫌や前向きを浅瀬で実践しようとすると、喜怒哀楽に優劣をつけて、気楽は全面支持して、怒哀をなかったことにする方向に行きがちだ。けれど社会では、大声をあげて怒らなければ何も変わらないこと、身も蓋もなく泣き叫んで初めて辛さに耳を傾けてもらえる場面がある。感情を押し殺して我慢をしても根本的な解決にならず、未来永劫問題先送りで次世代に引き継ぐことになる。かつて誰かが本気で泣いたり怒ったりしたからこそ、基本的人権や平等や選挙権、美味しい空気や水など、知らず知らずに享受しているいろいろな恩恵があることを忘れずにいたい。
p.114
―― 第三章 その世間って具体的に誰? より

 
きりがないからこれくらいで。

 

まったく新しい美容本だと感じる。でも、不思議と初めて読んだ気がしない。

わたしは、この本を読むのを二十数年間待っていた気がする。二十数年―― 今となっては、決して長くはない年月だと思う。もう手にしたのだから。もう読んだのだから。そういえば、2019年6月19日以降に生まれた人間は皆、この本を読むチャンスが最初から拓かれているってことですよね。素晴らしいことだ。


もうひとつ感じたこと。

わたしは、この本が生まれた背景をちょっと勘違いしていたかもしれない。

打ち上げ花火のように鮮烈に、進軍ラッパのように高らかに、パンクロックの轟音のように大胆に、力強く放たれた革命の狼煙なのだと思っていた。

ある意味ではそれに違いないとは思うが、もっとミクロな背景には、限りない苦悩と葛藤の積み重ねがあったことが、勝手ながら察せられた。書いてある言葉は、自由の女神の信託ではなかった。わたしたちと同じ国に生まれて、おそらくわたしたちと似たような景色を見てきたであろう一人の人の、繊細な「声」だった。歯を食いしばって獲得してきた実感を、掌に包んでそっと分かち合ってくださったかのような、生々しい体温を伴ったメッセージだった。

 

著者の長田杏奈さんにお礼を言いたい。「この本を書いてくださって、世に出してくださって、ありがとうございました」なんていう、ありきたりな言葉しか出てこないけれど。

 

長田杏奈さんがいらっしゃる限り、わたしは美容というものを信じていられる。

 

心からそう思った。

 

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【その他雑感】

既存の社会構造に縛られることは、必ずしも息苦しいばかりではなく、個人の生存戦略として有効な場合も多い。そういう選択も含め、どんな生き方に対してもレッテルを貼ることのない、フラットな眼差しが感じられて心地よかった。

この本は一応美容書だけど、美容だけをオススメしてくる本ではないと思う。自尊心をトレーニングする手段は人それぞれで、美容はその選択肢の一つにすぎない。

 

・「苦悩と葛藤の積み重ねがあったことが勝手ながら察せられた」と書いたが、積み重ねは過去のものではなく、今も継続しているのではないかと思う。この本はとても偉大な本だけれど、長田杏奈さんにとっても、美容という文化全体にとっても、ある意味では決定版ではなく、いずれは過渡期の一総括となっていくのだろう。長田杏奈さんが描く「その先」を見ていたいと思った。

 

・「アイコンシャスなメイク」「メイクコンシャスなスキンケア」など、重視しているポイントを示す●●コンシャス(conscious)という言い回しは知っていたが、本書で新たに「自分コンシャス」という言葉を知った。真似していきたい。

 

 

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美容は自尊心の筋トレ (ele-king books)

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