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ゲイが死なないゲイアート。トム・オブ・フィンランド「FORTY YEARS OF PRIDE」展 感想

 

 

 

 

渋谷のディーゼルアートギャラリーにて、トム・オブ・フィンランド財団による「FORTY YEARS OF PRIDE」展を観てきました。

 

www.diesel.co.jp

 

トム・オブ・フィンランド(1920-1991)はフィンランド出身の画家。ゲイポルノアートのパイオニアとしてエロティックな男性像を多数手がけ、ゲイカルチャーとアートシーンに大きな影響を与えた。今回の展覧会は、トム・オブ・フィンランド財団の設立40周年を記念し、代表作とVR作品を展示するもの。スポンサーはイタリアのファッションブランドのディーゼル。

 

ディーゼルアートギャラリーは、ディーゼル渋谷の地下にある。ディーゼルは外部サイトの通販でしか買ったことがなく、路面店に行くのは初めてである。店内は玄関の印象よりも広く奥行があり、アートパネルやコンクリや金属を駆使した複雑な内装で、高価格帯ながらストリート色が濃いディーゼル独特のブランドカラーが表現されていた。並ぶ商品も、ファッションビルや百貨店の一角のテナントで見るのとは違って文化的な背景を伴って見えて面白い。わたしは自分の好きなブランドでも、百貨店のほうが敷居が低い・百貨店クレカでポイントを貯めたいなどの理由でつい百貨店に流れがちなのだが、やはりたまには路面店で世界観を浴びるのもいいですね。だからこそ、表参道のメゾンマルジェラが改装後に凡百のラグジュアリーメゾンと見分けがつかない内装になったのが残念なわけだが……。そういえばジョン・ガリアーノ退任の噂って結局ガセだったんですかね。

 

 

 

話が逸れた。ディーゼルアートギャラリーのトム・オブ・フィンランド展である。

地下のギャラリーに足を踏み入れると、早速巨大なゲイゲイしいパネルがお出迎え。ちなみに展覧会入場は年齢制限なし、VR観賞は18歳以上のみ。

 

 

トム・オブ・フィンランドが描く筋肉質でフェティッシュなレザーや制服を纏った男性像は、今でこそゲイゲイしさど真ん中と感じるが、これは後世の人間がAKIRAを目新しく感じられないのと同じ現象のようだ。当時はゲイは偏見でもって弱々しい姿で描かれることが多く、トム・オブ・フィンランドが描くエネルギッシュで自由奔放な男性像は革新的だったらしい。

 

 

 

 

いくつかの人物画は太もも側面の大転子付近が極端に膨らんでいるのが印象的だった。最初巨大なペニスがはみ出ている表現かと思ったけど、両足にあるからペニスではないはず。筋肉の盛り上がりを示したマッチョさの表現なのか? 画角によってはまったく描き込まれていない。

 

 

【追記】

謎の膨らみについて、先行研究があるのを教えていただきました! これによると乗馬ズボンのたるみから生まれた記号的表現とのこと。

 

 

警官の表象は制服ポルノと言ってしまえばそれまでだが、権力機構すら性的客体化してしまう反逆の姿勢と受け取った。というかフェチシズム自体が、個人の背景をよくも悪くも剥奪してハイパーセクシャライズする行為なのだろう。

カウボーイの表象もあった。カウボーイもまた、アメリカ的男らしさと密接に結びついた職業なのだろう。だからこそ映画『ブロークバック・マウンテン』(2005、原作小説1999)ではカウボーイたちを主人公に据えて、彼らの自由を阻む規範を反転してみせたのだ。

 

 

 

 

わたしはトム・オブ・フィンランドを知るより先にライナー・ヴェルナー・ファスビンダー(1945-1982)の『ケレル』(1982)を観ていたので、ケレルっぽいなあと感じたが、実際の時系列は逆だろう。『ケレル』はまさにトム・オブ・フィンランド的なモチーフ──筋肉、軍人、水兵、警官、誇張されたペニス──が渾然一体となって爛熟を超えた死臭すら漂わせてくる傑作である。ポスタービジュアルの、比喩どころではない、ペニスそのものを体現する異様な建築物の悲哀を見てほしい。

 

https://filmforum.org/do-not-enter-or-modify-or-erase/client-uploads/_1000w/QUERELLE_slideshow_3.png

Film Forum · QUERELLE

 

https://upload.wikimedia.org/wikipedia/en/5/55/Querelle%2C_film_poster.jpg

Querelle - Wikipedia

 

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ライナー・ヴェルナー・ファスビンダーもまた、ゲイ~バイセクシュアルとして生き、表現した人である。トム・オブ・フィンランドが71歳まで生きたのに対して、ファスビンダーは破滅的な生活の末に薬物の過剰摂取により夭逝する。1982年没、享年37歳。ファスビンダーが遺作『ケレル』を残して没した1982年は、米国疾病予防管理センター(CDC)がエイズを疾患として定義した象徴的な年である。日本でもエイズパニックが発生し、HIV/エイズと同性愛者への偏見は今に至るまで残存している。

共通のモチーフを用いながらも、『ケレル』には暴力と死の気配が充溢しているのに対して、トム・オブ・フィンランドの絵はどこまでも陽気さを失わない。今以上に同性愛者が抑圧されていた時代背景を知ってなお、パワフルでセクシーな男たちはそのままの姿で今もどこかで生きているのではないかと感じられる。『ブロークバック・マウンテン』は「普遍的なラブストーリー」として宣伝され広く受け入れられたが、マジョリティの目線で「普遍的」だからこそ悲恋でなければならなかったし、恋人たちの片方は死ななければならなかった。それも、同性を愛する人生をより積極的に生きようと試みたほうの人間が。当事者が死なないアート、これこそ地に足のついたエンパワメントと言えるだろう。

 

 

 

ちなみに、トム・オブ・フィンランドは一般的には「ゲイアートのパイオニア」と称されることが多いと思うが、今回の展覧会の説明文やフライヤーには「LGBTQ+アートのパイオニア」と書いてあった。これは昨今のLGBTQ「ブーム」に乗じた表現なのかもしれないし、トム・オブ・フィンランドが影響を与えたのはゲイ界隈だけではないことを強調する意図があるのもしれない。とはいえトム・オブ・フィンランドはやはりゲイアートと呼ぶのが個人的にはしっくりくる。LGBTQ表現と言いつつ、表立って取り上げられるのはゲイ表象に偏っており、とりわけレズビアンの表象が周縁化されがちな問題は近年ようやく指摘されるようになった。クィアコミュニティにも格差はあるのだ。

直近の例だと、今年3月までアーティゾン美術館で開催されていた「マリー・ローランサン──時代をうつす眼」展が、ローランサンのレズビアンとしての側面をオミットしていたことを、美術史研究家の近藤銀河が指摘している。

 

www.tokyoartbeat.com

 

 

 

「FORTY YEARS OF PRIDE」展はディーゼルアートギャラリーにて2024年8月14日まで開催中。
店舗では、トム・オブ・フィンランドの作品をプリントしたアパレルも販売されている。トム・オブ・フィンランドコラボといえばJWアンダーソンのものも有名(ジョナサン・ウィリアム・アンダーソンもオープンリーゲイ)。JWアンダーソンはわたしには手が出ない価格帯なので、ディーゼルならもしかしたらいけるか? と思ったけど全然安くなかったです。解散。あとこれらを着ていけるTPOが狭すぎる。