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トランスジェンダーが緊急時に月経ナプキンを必要とする6つのケース

 

 

 

 

2024年1月1日に発生した能登半島地震により被災された方に心よりお見舞い申し上げます。

 

さて、現在日本語圏X(Twitter)では、月経ナプキンとトランスジェンダーにまつわる不正確な言説が流布されています。憎悪扇動を目的として確信犯的に発信された言葉もあれば、意図せずデマに反応してしまったケースもあることでしょう。後者に対するアプローチとして、今わたしが知っている限りの情報をまとめました。とりわけ、非当事者は詳細を知らないことが多い、医療的ケアの具体的内容に文字数を割いています。わたしでなくても書ける文章に過ぎませんが、よりマシな情報源は多いに越したことはないでしょう。

 

被災を免れた者としてまずやるべきなのは、不正確な情報の拡散に加担しないことです。わたしはそこからもう一歩進んで、たまたま広義の当事者であったことで脳内の取り出しやすい位置にあった知識を放流し、雪かきとしたいと思います。

 

 

 

 

1.月経血への対処のため必要とするケース①

トランスジェンダー男性/出生時に女性を割り当てられたジェンダークィアには多くの場合月経出血があり、月経ナプキンを必要とします。ただし性別適合手術のうち子宮・卵巣を摘出する外科的治療を受けた場合は、少なくとも月経出血はなくなります(ナプキンが一律不要になるとは限りません。後述します)。

 

医療的措置をなにも受けていないトランスジェンダー男性/出生時に女性を割り当てられたジェンダークィアには、トランスではない女性と同様に出血があります。これは多くの方が想像される通りですが、医療的措置を受けていないイコール女性にしか見えない、ではないことには注意が必要です。医療的措置は多くの当事者にとって、生きやすいと感じる心身・生活の状態に近づくための手段の一つであって、受ける前・受けた後で魔法のように劇的に心身や生活実態が変わるものでは(よくも悪くも)ありません。医療的措置に至る前から、当事者はさまざまな工夫を凝らして、生きやすい状態での生活を模索しています。その試行錯誤の結果として、男性にしか見えない状態を確立し得ている人も少ないながらおり、そのような人たちが被災地で月経用ナプキンを求めた場合、奇異の目に晒されるリスクは高いでしょう。

 

2.月経血への対処のため必要とするケース②

トランスジェンダー男性/出生時に女性を割り当てられたジェンダークィアで、医療的措置のうち外科的手術は受けていないので子宮・卵巣を持っているが、ホルモン治療を受けている人も、月経用ナプキンを必要とします。

女性を割り当てられた人へのホルモン治療として一般的なのは、病院でテストステロン(持続型男性ホルモン製剤)を注射することです。頻度としては、125ミリグラムを2週間に1回または250ミリグラムを3週間に1回注射するのが定石です(体調等によって調整がなされる場合もあります)。1回だけでは多くの場合なにも起こりませんが、2回、3回と回数を重ねるにつれて、さまざまな身体変化が起こります。それらの変化には、不可逆なものと可逆的なもの両方あります。たとえば、声の低音化と、体毛の増加・ひげの発生は、不可逆の変化です。注射を続ける中で、声が低くなったりひげが生えたりしたら、その時点で注射をやめたとしても元に戻ることはありません。個人差はあり、多少の揺り戻しを経験する人もいますが、基本的に一生、ホルモン治療前よりも声は低いままで、ひげは生え続けます。一方、月経の停止は恒久的な変化ではありません。テストステロンの作用で卵巣は活動を休止し、月経出血はなくなりますが、これは注射をしている間だけです。注射をやめてしばらくしたら血中のホルモンバランスが変動し、卵巣は活動を再開し、出血が来ます。また、注射を続けていても、少し間隔が空いたとか、ちょっとしたきっかけで不如意に出血することは多いです(なので、テストステロン投与によって不可逆的に不妊になるという言説があるとすれば、誤りです)。

ここからわかるように、ホルモン治療を選択していて、低い声でひげも生えていて、より一層男性に同化している状態でも、出血があれば月経ナプキンは必要になります。また、容易に想像できるように、普段は継続的に通院し注射をして出血がない状態で過ごしていても、大規模災害で通院ができなくなれば遅かれ早かれ出血は再開します。

 

そもそも本邦でホルモン治療を受けられる病院は多くはありません。地方在住の当事者が、たった1本の注射のために特急や新幹線すら使って遠方へ通院することも珍しくない状況です。ましてや大規模災害ともなれば、病院が営業していたとしても交通インフラの問題や経済的負担など、元から高いホルモン治療のハードルは跳ね上がります。当事者の中には、自己責任で内服薬やジェル製剤や注射キットをインターネット経由で入手して自己投与している人もいますが、その場合においても、大規模災害時は通販も困難になります。ストックがあったとしても、衛生的な状態でプライバシーを保って落ち着いて注射できる状況とは限らないでしょう。注射後の針の処理もままなりません。自己投与はただでさえ極めてリスキーですが、災害時のリスクは想像を絶します。

 

 

 

3.性別適合手術の術後ケアのため必要とするケース①

性別適合手術と総称される医療的措置のうち、外性器の手術を受けたあとには出血や浸出液が生じるので、かなり長期に渡って月経ナプキンを装着する必要があります。出生時の性別が男性でも女性でもどちらでも必要です。

外性器の手術と一口に言っても多様な形態があります。「チンコをくっつける」「チンコを切り落とす」くらいの実態とはかけ離れた理解に留まっている人がいるとしたら、病院のホームページなど、当事者向けの情報源を一度見てみることをおすすめします。トランスジェンダーを「理解」したい非当事者向けのサイトだけではなく、当事者向けの一次ソースを見てみてください(黙って見てください。痛そうとか、グロいとか、わざわざこんなことをする人の気が知れないとか直感的に思ったとしても、すぐにネットに書かないでください)。現実の医療が当たり前にそうであるように、性別適合のための外性器手術にも歴史があり、医療の進歩を反映して進化しています。治療の「ゴール」は本人の心身の状態やニーズによってさまざまです。性別適合手術ではないほかの多くの外科手術や医療全般がそうであるのと同じように、当事者は医療者と協議し、自らの状態を総合的に判断した上で、より生きやすいほうへ向かう手段として手術に臨みます。そして、どのような形態・どのような術式であっても、術後は必ず出血や浸出液が生じます。そのケアのために、月経ナプキン使用は最も簡便な手段です。

 

なお、月経ナプキンのこととは直接関係ありませんが、本邦の法律においては戸籍の性別の変更のためには外性器の手術が実質的に強制である(とりわけ、トランスジェンダー女性/出生時に男性を割り当てられたジェンダークィアにおいて)ことは書いておかねばならないでしょう。外性器の手術は、身体の不便感を解消するための手段として進んで選択する人もいれば、そうではない人もいます。先述した通り、医療的措置はよくも悪くも魔法のように激変するものではないので、医療的措置なしで望む生活状況を構築している人も少ないながらいます。医療的措置を希望するとしても、衣服で覆われていて日常生活で隠しやすい外性器の手術がニーズの一番とも限らないでしょう。多様であるという言葉ですら括ることができないほど、当事者とその生活実態は多様なのです。そうであるものを、統治のための利便性を優先しているのが、この国のトランスジェンダーにかかる法制度の実態です。

 

 

 

4.性別適合手術の術後ケアのため必要とするケース②

外性器の手術の直後に生じる出血や浸出液が落ち着いたあとにも、継続して月経ナプキンを必要とするケースがあります。

トランスジェンダー女性/出生時に男性を割り当てられたジェンダークィアが受ける外性器の手術には、先述した通りさまざまな形態があります。その中で、膣形成のための手術に「大腸法」という術式を選択した場合は、月経ナプキンが必要です。大腸法とは、S字結腸の一部を切除して会陰部に固定して造膣する術式です。この術式で形成した膣からは、自分の意志とは関係なく腸液が分泌され続けるので、月経ナプキンを一生涯装着する必要があります。同じ膣形成でも、腸ではなく陰茎や陰嚢の皮膚を利用する「陰茎陰嚢皮膚反転法」「陰嚢皮膚移植法」を選択した場合は、腸液分泌がないので常時のナプキン装着は不要です。

これだけ聞くと大腸法はデメリットが大きすぎるように見えますが、もちろんメリットもあります。それぞれにメリット・デメリットとリスクがあり、当事者は医療者と協議の上で自分の心身や生活状況に適した術式を選択しています。体質等の諸事情によって、選択の余地なく片方の術式しか選べないことももちろんあります。そもそも膣形成をしない・できない人もいます。

 

5.性別適合手術の術後ケアのため必要とするケース③

これも、造膣をしたトランスジェンダー女性/出生時に男性を割り当てられたジェンダークィアのケースです。先述した「大腸法」または「陰茎陰嚢皮膚反転法」「陰嚢皮膚移植法」いずれにせよ、手術によって後天的に形成した膣は、時間が経つと身体の自然治癒作用で閉塞していきます。そこで、膣としての空間を維持するために、ダイレーション(dilatation)というケアが必要になります。具体的には、潤滑剤を塗布した上で拡張棒(ダイレーター)を膣に挿入して膣を拡張します。言うまでもなく、雑菌の侵入による感染リスクや激痛などの負担を伴います。術式や患部の状態や体質にもよりますが、定期的にダイレーションを行わなければ膣はピアス穴のように塞がってしまいます。ピアス穴なら塞がっても開け直すことができますが、100万単位の金銭と多大な身体的・精神的負担を経て形成した膣を塞ぐわけにはいかないので、大規模災害などで普段とは違う場所で寝泊まりしていたとしても、中断はしたくないと考える人はいるでしょう。ダイレーションの直後は、膣内に残った潤滑剤を受け止めるために月経ナプキンが必要になります。

 

6.その他性器周辺のケアのため必要とするケース

性別適合手術以外にも、性器周辺に侵襲する疾患や外科的手術はたくさんあります。それらのケアのために月経ナプキンを一時的に、あるいは継続的に必要とすることがあるのは、トランスジェンダーでもそうでなくても同じです。

 

 

以上、トランスジェンダーが緊急時に月経ナプキンを必要とするケースを6つ挙げてきました。

 

 

 

Q.おむつや尿漏れパッドで代用できないのか

これらすべてに対して(とりわけ3以降に対して)、「おむつや尿漏れパッド等で代用できないのか」という反論が考えられる。シンプルに答えるなら、代用できるだろう。代用できるし、実際、状況によってはそのように代用してきた人はいるはずだ。たったそれだけの話がなぜ繰り返し持ち出され「議論」の種になるのかと言えば、「大規模災害という緊急時に自己中心的な要求をする迷惑な人間」という共通イメージがあり、そこにトランスジェンダー(トランスジェンダー女性)が取り急ぎ代入されているに過ぎないからである。迷惑な人間を遠慮なく叩きたいという凡庸な欲求が先にあり、代入された属性の実態は置き去りにされているのである。月経ナプキンは、大っぴらに語られることはなかったかもしれないが、今までも「経血の処理」以外の用途で使われてきたし、これからも「経血の処理」以外の用途で大いに使われ続ける。それだけの話である。配布の際に用途を明確にすることもこれまで通り必要ないし、実際問題明確にすることなど不可能だ。避難所で、人目がある場所で、子宮や卵巣の有無や性器の怪我の状態を聞き出すことの、人権侵害を通り越した荒唐無稽さを想像してみてほしい。

そして、想像力を行使できるようなら、月経ナプキンが不足するような切迫した現場ではおむつや尿漏れパッドも当然不足しており代用先などない可能生が高いことに気づいてほしい。

 

大規模災害時に月経ナプキンがあるといい理由として「傷口を覆うのにも使える」という言説がある。これには違和感を抱く人が多いだろう。わたしも違和感がある。月経があり月経ナプキンを必要としている人がいるというシンプルな話のはずが、月経のある人(女性が想定される)のニーズがそれ単体では取るに足らないものとして軽視されているように感じるからである。女性主体のニーズが軽視されるのは、この男尊女卑社会で女性が差別されているからだ。今回の震災で、トランスジェンダー(トランスジェンダー女性)がナプキンを必要としているという話が前景化したことで、これまで反復させられてきた女性差別の事例を連想して苦々しい気持ちになる人はいるかもしれない。しかし今回のケースは決して、トランスジェンダーではない女性が軽視されている事例ではない。2018年以降の日本語圏Xのトランスフォビックな風潮によってトランスジェンダー女性のケースが前景化させられただけで、根本的には、マイノリティのニーズの周縁化の話である。

もう一度書く。月経ナプキンは、今までも「経血の処理」以外の用途で使われてきたし、これからも「経血の処理」以外の用途で大いに使われ続ける。それだけの話である。用途ごとの切実さを厳密に比較して優先順位をつけることは、極限状況においては不可能ではない。しかしそれをするなら、経血の処理用途ですら相対化は免れないだろう。

 

 

 

Q.精神的な理由で必要とするケースはどうなのか

そういうケースもあるでしょうね、としか言いようがない。内心は自由で多様なのだから、そういう人もいるかもしれませんね。で、想像してほしいのだが、精神的な理由で月経ナプキンが欲しいと感じている人が避難所にいたとして、月経もないし性器の怪我もしてないけど精神的な理由でくださ~いとか大声で言うだろうか? 普通にこっそり黙って持っていくことを試みて、無理そうなら黙って諦めるでしょ。普通に黙ってこっそり持っていくことをしない、わざわざトラブルを起こしたい人がいるとしたら、そいつがトランスジェンダーだとか関係なく、相当へんなやつですよ。相当へんなやつにはXなどの公共の場で「議論」を蓄積したところで太刀打ちできない。まあそもそもXの議論が役に立つことなんてめったにないわけですが。へんなやつにはなんとか個別対応するしかない。現場にいない人間が「個別対応」として現場に丸投げするのは時に無責任なのは重々承知ですが、すまんけど個別対応するしかないでしょ。少なくともXで大勢が仮定に仮定を重ねて喧々諤々してもマジで1ミリも役に立たないのは間違いない。人間にはそもそもへんなやつが多いです。Xがへんなやつにもインプレッションを与えているのが悪い。

 

 

本邦においてトランスジェンダーへの憎悪扇動は2018年以降年々過激化しており、当事者やアライのコミュニティにおいては抵抗するための言説も6年ぶん蓄積されている。ネット記事も書籍もある。トランスジェンダーについて少しでも関心があるのなら、へんなやつのインプレッションの餌になりに行くのではなく、黙って情報を取りに行ってほしい。以上です。当ブログの2024年1月の収益は被災地に寄付する。寄付額・寄付先などの詳細は月末に改めて報告したい。

 

【2024.1.6 追記】

 

【2024.1.13 追記】

2024年1月4日の本記事公開後、内容の一部が精神障害者への差別を助長するのではないかというご意見をいただきました。まずはご指摘ありがとうございます。これを受けて再度自分の文章を読み返した結果、ご指摘の可能性はあり得ると判断し、2024年1月6日に追記をしました。当該部分の文面は変更しませんでした。しかしその後、1月13日に、6日の追記を削除した上、当該部分の文面も変更しました。

 

6日の追記には、「今回は、上記の文面を変更はせず、この追記を付記する形で対応いたします。ご指摘の労を取ってくださったことに感謝いたします。今回はこの判断に至りましたが、もし今後文面の変更をすることになれば、経緯がわかる形で掲載していきます。」と記していましたが、今回、経緯ごと削除する形で全面改稿する判断をいたしました。文責者として申し訳ない限りです。理由としては、削除前の文面や追記に記されていたのはわたしなりの精神障害への捉え方であり、今もおおむね同じ考えでいるのですが、トランスジェンダー差別への抵抗として共有されているこの文章内で主張するべき必然性は薄いと判断したからです。1月4日の公開後、この文章は、わたしが予想した以上に、「議論のソース」や「差別者への反論」として拡散されました。ありがたいことではあるのですが、そのような使い方をされるのであれば、筆者であるわたし自身の精神障害者としての当事者性や、過去記事での語りの蓄積を踏まえる必要がある繊細な言説は、文脈から抜け落ちる可能性が高く、誤解を招く可能性があると感じました。論点をシンプルにし、より多くの方に気軽に共有していただいてもできるだけ「安全」な文章とするために、今回、精神障害にまつわる部分は全カットした次第です。

とはいえ、わたしが精神障害の当事者である事実は変わりません。わたしはホルモン治療を受けているジェンダークィアであると同時に、精神障害者でもあります。どちらもわたしの実存に関わっており、本来切り離せません。そしてそれは、わたしのこの記事に限らず、広義狭義のトランスジェンダーの当事者が書いた文章すべてにおいて言えることです。当事者はそれぞれに多様な背景を背負っており、トランスジェンダーであることはその人の一部です。ある属性にのみ注目することが、インターセクショナリティを透明化するものであってはいけないと、自戒を込めて改めて感じました。

改めて、当ブログでは精神障害者への差別にも抗していくことを明記いたします。ご指摘ありがとうございました。

呉樹直己