最終更新:2020.8.29
初めて先生のお宅にお邪魔したとき、家電の使い方を一つひとつ教えていただいた。先生の家にある家電は、わたしが住んでいたワンルームアパートにあるような簡素なものとは違って、多機能なものばかりだったので、慣れるまでに若干の時間を要した。もちろん、慣れてしまえばとても便利だ。先生は、家事自体は多少不得意とはいえ、そのぶん便利家電に課金することの大切さをちゃんとご存じだった。
台所には、タッチパネルつきの大型の冷蔵庫があった。扉を開閉していると、冷蔵庫が突然しゃべった。
いわく、「精神状態が良くないようです」と。
なんてことを言い出すのだ! にわかには信じられなくて、思わず復唱した。すると先生は笑って、「それは『通信状態が良くないようです』と言ってるんですよ」と教えてくれた。うちに来たお客さんがそれ言うの二人目です、とも。やっぱりみんなそう聞こえるんじゃないか。その後も気をつけて聞いてみたが、 やはり「精神状態が良くないようです」としか聞こえなくて可笑しかった。最近の家電はWi-Fiを拾うどころか、家主のメンタルヘルスまで感知するのか。家主はたしかに精神状態が良くないこともあるので、間違ってはいないが。
時は流れて、わたしが引っ越したあと。
先生に断って、おしゃべり機能をオフにさせてもらった。
毎日料理をするのに、扉を開けるたびにしゃべられては鬱陶しい。
よって、冷蔵庫が家主の精神状態を報告することはなくなった。特に問題はないだろう。先生はおとななので、自分で自分の精神状態を認識して対処することができる。わたしも然り。
お互いに、同居人ができたからといって、メンタルヘルスやその他の諸問題が急に解決するわけではない。ただ、生活上の枝葉末節の苦痛を少しでも緩和するために、便利家電があったり、同居人がいたりする。それだけ。