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漫画『アスペル・カノジョ』web版第91話~第93話「ストレス(前編・中編・後編)」感想

 

 

 

この記事は、漫画『アスペル・カノジョ』の感想記事です。単行本未収録(2020年4月時点)の最新話付近の内容に触れています。未読の方の興を削ぐ重大なネタバレはしていないつもりですが、自己責任でお読みください。

 

 

第91話「ストレス(前編)」 2020年3月10日公開

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第92話「ストレス(中編)」 2020年3月24日公開

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第93話「ストレス(後編)」 2020年3月31日公開(無料公開期間中)

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どんな言葉も届かない時間というものがある。極限の視野狭窄タイムのようなもので、このゾーンに入ってしまった人間は、他人の言うことを聞く余裕を失う。斉藤さんのように自殺念慮を持つ人なら、その時間帯に破滅的な行動に出ようとする。

横井はこれに、極めて現実的な「行動」でもって対処しようする。すなわち、精神論に頼らずに、身体の反射レベルで、斉藤さんに自分という存在を思い出させようと試みたのだ。破滅的な行動を取ってしまう前のストッパーとして、彼は自らの時間的・身体的・精神的コストを差し出した。「横井に聞け!」の張り紙は、斉藤さんにとっては、(おそらく生まれてはじめて)目に見える形で与えられた安心材料であり、物語そのものにとっては横井の優れた行動力・洞察力を象徴するアイテムとして、燦然と輝いていた。

とはいえ、ちょっと考えたらわかる通り、「気にせずいつでも(電話を)かけてこい」とは事実上、優しい詭弁でしかないでしょう。本当にいつでも質問攻めにしていいわけがないのだ。第91話~第93話は、来るべくして来たともいえる、詭弁が破綻する瞬間を描いていて胸が苦しくなる。今の斉藤さんは、横井さんの部屋という、社会から隔絶された繭のような場所で、二人だけの特別ルールに則って人間関係を学ぼうとしている。しかし、社会人たる横井は、世間一般的なルールにも従って生活しなければならない。二つのルールに引き裂かれる、ストレスフルな日常(ただし、自分内ルールと自分外のルールという二つのルールの擦り合わせに苦労しているのは斉藤さんがまさにそうなので、横井のイラつきは、斉藤さんが日常的に感じている不快感に似ているとも言えるかもしれません)。

また、こういう “関係崩壊が接近する危険日” には、諍いの原因となった直接の出来事のほかに、普段は見てみぬふりができていた矛盾のようなものが一気に襲いかかってくるのがつらいところです。本作の迫真の筆は、人間関係のそんなセンシティブな部分まで容赦なく炙り出してくる。横井にとっては、斉藤さんに自分を刻みつけることで生じる主従関係のようなものがそれで、支配欲めいた感情を彼は常にコントロールしなければならない。それは、日々のストレスへの対処と同じくらい厄介で、身を切るような内省を必要とする作業でしょう。先は長い。

斉藤さんは繭のような場所にいると書いたが、とはいえこの漫画は「可哀想なあの子を助けられるのは僕だけ」的な、ありがちな閉じた関係性に耽溺するのではなく、常に社会的に開かれているのが素敵なところだと思います。胃がキリキリするような出来事を容赦なく描いてはいるけれど、見世物的な「鬱展開」には堕さない、精緻なバランスが改めて印象づけられる章だった。

 

 

カーテンから日が差している。

 

 

以前に描いた感想記事はこちら。

www.infernalbunny.com

 

www.infernalbunny.com

 

 

第1話・第2話の無料試し読みはこちら。

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