敏感肌ADHDが生活を試みる

For A Better Tomorrow

覚え書き:セルフケアとしての自傷行為について

 

 

 

免責事項:この文章は自傷行為を推奨するものではありません。

 

夜の噴水。

 

 

わたしの生は、他人のためのものとして始まった。平たく言うと「介護要員」ということになるし、もっと広い意味でも、わたしの命はわたしのものではなかった。わたしの命は父母のものであり、家のものであり、社会のものであった。行く大学も就く職業も父によって決められていた。それに従わずに済んだのはわたしの成績が地元の大学の偏差値を大幅に越えていたからで、つまりは単なる幸運でしかない。今のわたしは格好をつけて「地元から出たい一心で勉強を頑張った」などと嘯くことがあり、それはあながち嘘ではないが、完全な真実でもない。家族といるのがつらい、この閉鎖的な田舎も嫌い、家を出たい、という気持ちはたしかにあったが、体内から響くその叫びをわたしはどこか他人事のように聞いていた。わたしの命はわたしのものではないのだから、本音などという曖昧なものを大事にしてやる義理はなかったのだ。心の健康はどうでもよく、最低限、介護要員としての肉体だけ丈夫に保っていればよかった。まあ、今にして思えば「体調不良を全部無視して親に隠す」という力技でもって元気を取り繕っていただけで、実際のところちっとも健康ではなかったのだが。10代の体力がなせる技であった。

 

 

 

遠方の大学に進学して、一人暮らしをしてはじめて、わたしはわたしの命をおのれの掌中に見い出した。気づけば、父も母も遠くなっていた。少なくとも物理的距離においては。

激しいセルフネグレクトがはじまった。わたしはもう、健康でなくてもよくなった。わたしが病気になってもわたしが個人的にしんどいだけで、家全体が迷惑をこうむるようなことはなくなったのだ。自分の命が真に自分のものであることを確認し祝福する行為としての拒食、自傷、過剰服薬―― シンプルに希死念慮や自罰感情の表れでもあったのがややこしいところだが、わたしにとっては、自分を損なうことは、やっと手にした選択肢であり、行使せずにはいられない自由だった。自分を損なうことで、自分を大切にしていたといってもいい。友達が「ビジネスホテルよりも物品が少ない」と形容した部屋からさらにものを捨てていって、1日1個のパンで何日も過ごした。8キロ痩せたが、痩せたことに気づいたのはもっとあとのことである。当時は体重計を持っていなかったから。

布団から起き上がることすらできなくなったあたりで、わたしはやっと、自分を甘やかすといういたわりの形に思い至った。人生が、次の段階に進んだのだ。

 

シーツなしで寝ていた布団にシーツをかけた。枕を買った。冬でも半袖の服しか着ないのをやめて、長袖の服を買った。シャンプーだけで済ませるのをやめて、リンスを導入した(ちなみに、ドライヤーを買うにはもう少し時間がかかった)。長い時間をかけて、試行錯誤を積み重ねて、わたしは自分の命を自分のものとし、さらにはいたわる技法を獲得した。その技術は今に至るまでわたしの人生を支えてくれている。

もっと早くこうしていれば、と思わないでもない。それでも、かつてのセルフネグレクトは、わたしにとっては必要な精神段階だったと思う。18歳、すでにわたしはケアを必要としていたはずだが、たとえ即座に温かい服と食事と精神科を与えられていたとしても、活用することはできなかっただろう。自分にそんな価値はないと思い込んでいたのもあるし、なによりも、自分を健康に保つことは生家でやらされてきたことの延長でしかなかったのだ。生家では、わたしは他者をケアする側の人間だったから、是が非でも健康でいなければならなかった。それに、咳をすればうるさいと怒鳴られ、腹を冷やせば「子どもを産めなくなる」と叱られた。そぶりだけでも健康でいるしかなかった。父母の子としての役割を離れ、ついでに “産む性” としての社会的役割を離れるためには、強いて不健康になることがぜひとも必要だったのだ。

 

 

 

 

 

今改めて、ケアという行為を想う。人の数だけ多様にあるはずの、ケアの形に思いを馳せる。かつてのわたしがケアの一形態として自傷を必要としたのと同じように、一見ケアとは正反対に見える行為が、当人にとっては切実に必要な癒しなのかもしれない。要は、他人のことは他人にはわからないのだ。これに尽きる。よくよく覚えておきたい。

そんなありきたりな結論を仮の結びとして、筆を置く。わたしの個人的体験をこれ以上一般化するのには、わたし自身の知識が足らない。ない頭でこねくり回すよりは、一旦棚上げにしたほうが賢明であろう。

 

―― そうやって棚上げにしてきた想いが、最近とみに溢れてきて苦しい。そろそろ棚の容量が足りなくなったか。

保留にしてきた過去が、濁流となってわたしを襲う。足を取られて溺れないように必死で立っている。ときたま錨として、言葉を投げる。拙いけれど、今のわたしの精一杯の言葉を。そうせずにはいられないから投げている。投げて、投げて、投げ続ける。生き延びる方法は、それしかないようだから。

 

 

www.infernalbunny.com