敏感肌ADHDが生活を試みる

For A Better Tomorrow

夢の棲む街で、薔薇色の肉を喰らう

最終更新:2020.11.26

 

 

前代未聞の量の鶏モモ肉を買ったんですよ。

 

f:id:infernalbunny:20201126172655j:plain

冷凍したもの

 

高級肉ではないけれど、日常料理には十分でしょう。色艶よろしく、みずみずしく、脂が乗っている。色はきれいなピンク。山尾悠子『夢の棲む街』に出てくる 〈薔薇色の脚〉の踊り子みたいだと思ったものです。

 

劇場の踊り子たちは、〈薔薇色の脚〉と呼ばれている。それは全く見事な脚で、太めの腰から伸びている適度に肉のついた腿とふくらはぎ、よく締まった足首、そしてやや華奢な踵から爪先まですっかり薔薇色の脚の絹のタイツで覆われているところからこの名がつけられている。

見事に発達して脂ぎった下半身の、常人の二倍はある骨盤の上に、栄養不良のため異様に痩せて縮んだ上半身が乗っている畸形的な体躯は、見る者にある圧倒的な意志―― この人工的畸形を造り出した者の偏執的な意志を、感じさせた。

 

(出典:山尾悠子『増補 夢の遠近法』 ちくま文庫)

 

“薔薇色の脚” も、鶏モモ肉も、肉のために特化して恣意的に作成・管理されている点では似ている。前者は視覚的快楽のため、後者は味覚的快楽のため、まったく身勝手に飼育されているわけですね。そのような残虐行為への反省もそこそこに、煮込み料理に化けた鶏モモ肉は、二日で先生とわたしの胃袋に消えた。同じように、空前絶後の量の挽肉を仕入れて、前人未踏の量の豆腐ハンバーグをこしらえて、三日で食べ尽くしたこともある。このように、開闢以来の量の料理をこしらえるのは、自炊の楽しみのひとつだと思います。そして、僅有絶無の量の料理をこしらえてもちゃんと消費できるのが、共同生活のよいところですね。

 

***

 

中華包丁に憧れていた時期がある。うっかりすると指も落っことしそうな切れ味抜群の重たい刃物で、塊肉を骨ごと豪快にカチ割って、寸胴鍋でぐらぐら煮込んで、スープを取ったりするのだ。一人暮らしをしていたころになぜか憧れていた。中二病ならぬ、一人暮らし二年目病と呼びたい。

 

 

もちろん、ワンルームアパートには寸胴鍋をしまうスペースがないし、そもそもそんなに大量に作っても食べきれないし、夢は夢のままで終わった。

 

時は流れ。今は先生と二人暮らしになった。キッチン設備も、元の家よりはるかに充実している。これは中華包丁の機運ではないかと思い、先生にお伺いを立てました。

 

 

「中華包丁、要りませんか?」

「え? 要らないです」

 


制作・著作
━━━━━
ⓃⒽⓀ

 

 

夢はもう少し夢のままのようだ。

 

 

 

 
山尾悠子の『飛ぶ孔雀』の文庫化を記念して、人形作家・中川多理による薔薇色の脚の具現化が最近まで公開されていました。見に行きたかったけれど、期間中自由入場ではなく、日時指定の完全予約制ということで断念した。体調の安定しない人間にとっては厳しいシステムなのです。

最近は防疫対策としてこのような予約制を取っている文化施設が多く、なかなか難しい時代になったと思う。今年は、これ以外にもいくつかの催事を諦めました。思い立ったときにすぐに文化にアクセスできるインフラが減りつつあるのを感じる。元から決して平等ではなかった資本がさらに縮小され、享受できる人がますます限られていくのをなすすべもなく見ている気分である。COVID-19禍においてはなんにつけてもそうで、コロナ以前からあったものが、コロナによって生々しく剥き出しにされていくようだ。

 

 

今回の展示は、せめて写真を眺めることにします。