The World is Yours ~世界がひれ伏すリップを探して
夕暮れ。背中まである髪はくくらずにそのままなびかせて。大きなピアスをぶら下げて。ごつい指環は左手に2つ、右手に1つ。ロングコートをまとって、ヒールブーツの紐を締め上げて闊歩する。そんな夜は、一歩進むごとに赤薔薇の花弁が舞い飛んで、わたしの歩く道がそのままレッドカーペットになる。束の間、世界はわたしのものになる
そんな日のメイクはもはやメイクではなく、戦士の隈取りだ。わたしの手で、わたしの意志で施す彩色は、なによりもわたしを駆り立てる。いいかげんなものは塗りたくない。最高の一品しかこの顔に触れさせたくない。
そういう特別な気分を演出したいときに使うリップはだいたい決まっている。ひとつは、Diorのルージュディオール 999 マットだ。
公式サイト DIOR | ルージュ ディオール - リップ - メイクアップ
くすみのない、鮮やかな真紅。血液に喩えるなら、出たばかりの動脈血。時刻で言うと、夜よりは真っ昼間の赤。トニー・モンタナの仲間が白昼堂々チェーンソーで切り刻まれるときの鮮血の色をしている。透け感が一切ない、容赦ない鬼マットで、ティントでもないのに一日中落ちない。
この999番は、“ディオールのクチュールとカラーの歴史を形づくってきた伝説的な4色” のうちの1色で、“ディオールの伝説の赤が常に時代に合わせて生まれ変わってきた歴史のように、ファッショナブルでトレンド感あふれる女性になれるトゥルーレッド” とのこと。テンション爆上がり不可避ですね。
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そしてもうひとつは、NARSのパワーマットリップピグメント 2775 Done it againだ。
公式サイト パワーマットリップピグメント | NARS Cosmetics
ほとんど黒に近いダークブラウン。ヴィランの唇になれます。色名の由来は、70年代ニューヨークのアートシーンで活躍したニューウェイブイコン、グレイス・ジョーンズの曲名 "I've done it again"。パワーマットリップピグメントの色名はどれも、ロックチューンのタイトルから取っているらしい。そういうバックストーリーも込みで、最高に “キマる” 一品です。コカインなんか要らない。コスメは合ドラだ。
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長らく、この2本が定番でした。ルージュディオールは歳上の親友に、パワーマットは同世代の盟友2人にプレゼントしていただいたもので、その思い出も込みで愛用していた。
ただ、これらは2つとも、マット質感の濃色なんですよね。メイクにバリエーションを持たせるためにも、もう少し薄い色で勝負リップが一本欲しいところではある。
手持ちの、薄色の主役級リップといえば、去年買ったRMKのリップスティック コンフォートマットフィット 03 モードファクトリーがある。ローズ味とグレー味のあるベージュということで購入した。ただ、わたしの唇では思ったより青味に発色せず、オレンジ味が出てしまったので、期待したほど血色感ゼロを極めることはできませんでした。ちょっとクールめな普段メイクにもいける感じに落ち着いてしまった。
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あとねえ……RMKは、戦闘力が足りないんですよ。コスメの戦闘力という概念、ありますよね。デパコスだと、CHANEL・Dior・トムフォード・ジバンシイあたりが戦闘力の頂点にいる。その下では、MAC・NARS・ADDICTIONあたりの血気盛んな個性派が、負けん気の強さをビシバシ発揮している。逆に、穏やかそうに見せかけて蝶のように舞い蜂のように刺してくるのが、クレドポーボーテ・イブサンローラン・ゲラン・エレガンスあたりの貴婦人たち。そんな中でRMKさんは、もちろん頼りになるヤツではあるのですが、よくも悪くも優等生というか、今一歩のパンチに欠けている感は否めない。エルヴィラ・ハンコックがRMKを使うか?と考えたら、まず使わない。RMKで世界は手に入らない。無茶苦茶言ってますが。
そこで、新しいリップを探すことにしました。去年から継続しているベージュ系のマイブームに則って、マットすぎない、青味系の薄茶色を。青ニュアンスのベージュはプチプラだと皆無で、デパコスでも多くはない。
しかし、ついに見つけました。
前置きが長い。
トニー・モンタナが撃たれてから絶命するまでくらい長い。
スウォッチ
shu uemura ルージュアンリミテッド BR736。3グラム3300円。青味のグレーベージュ。
以下、画像で説明していきます。スウォッチはすべて太陽光撮影、無加工。
パッケージはこんな感じ。
本体はクリアとブラックで構成されている。こういうタイプのプラスチック容器は、お洒落なんですけど指紋がめちゃくちゃ目立つのが玉に瑕です。
中身の見た目は、パープルがかったライトブラウン。人によってはブラウン味のあるパープルと認識する域かもしれない。
腕に出すとこんな感じ。下が一度塗り、上が二度塗り。
最近流行りの、腕ではなくて手のひらに塗るスウォッチもやってみました。一度塗り。
RMK リップスティック コンフォートマットフィット 03と比較するとこんな感じ。下2本がshu uemura、上2本がRMK。それぞれ一度塗りと二度塗り。
白い紙に出すとこんな感じ。
スウォッチ画像は以上です。
唇に塗ってみると
肌では若干ブラウン転びしており、さほどパンチが効いた色には見えない。しかしこやつは、肌と唇で発色が全然違うタイプのリップだったのです。
唇に塗ると、グレーとパープルがいきなり主張してくる。言葉で説明するなら「ベージュがかったグレーパープル」。もはやベージュリップではなく、パープルリップ。印象としては、粘土で作った藤色。赤味がなくてくすみが強いので、パープルというより藤色のほうがしっくりくる。もちろん、血色感は本当にゼロです。コカイン中毒末期のエルヴィラだってもうちょっと血色感あったってくらい、本当に温かみがない。
これは、モードを越えて、奇抜と呼んでいいと思います。奇抜と判断する基準は人それぞれだとは思うが、ピアス10個開いてて、髪をエルヴィラの初登場シーンのドレスみたいな青緑色に染めてる人間が奇抜認定したということで察していただきたい。
と、唇の写真が一枚もないまま熱弁してみた。弊スマホはカメラの性能があまりよろしくなく、特にインカメの画質がガッサガサなので、唇は撮れないのです。申し訳ない。
先に挙げた画像を加工して、唇での発色に近い色味を作ってみたので、これでイメージしてほしい。
閲覧環境によって違って見えるとは思いますが、これくらい青味が強いです。わたしの唇では。
スニッフしてみた
次は、匂いについて。
匂いは悪臭です。瞬間接着剤と、癖の強いハーブ(ゼラニウムやセージあたり)を混ぜたみたいな、刺激臭系の匂いがする。ただ匂いが強いのではなくて刺激があるから、好き嫌いが分かれると思う。2時間くらいで消えるが、塗りたてはかなりきついです。
ちなみに味も、匂いの印象と同じで、ハーブを人工物で再現しようとしたみたいな嫌な刺激が舌に残ります。覚悟して買いましょう。感覚過敏傾向のある発達障害者は注意したほうがいいと思います。わたしは、ほかにない色味に免じて我慢してみることにするが、普通のプチプラリップだったら買わないかもしれない。
感覚過敏の程度は人によって違うだろうから、参考程度にしてください。
結論 shu uemuraで世界は手に入るか?
まさかの、モードを通り越して奇抜の域に入る発色でした。実は今回は、店舗で試さないままオンラインショップで購入したので(COVID-19の影響で、百貨店でのタッチアップが自粛されているため。デパコスの価値の何割かは店舗での購買体験にあるのだから、そこが有耶無耶になるなら通販でいい)びっくりしました。ここまで “キマる” とは思わなかった。世界、手に入ります。ただし、血色感は死に絶えます。死相が浮かびます。エルヴィラよりもクールを極めた、いっそ無機質なメイクをしたいときに使いましょう。
脳内BGMは、ジョルジオ・モロダーの無機質なシンセサイザーで。
以上、shu uemura ルージュアンリミテッド BR736の感想でした。
『スカーフェイス』(1983)は、個人的にはゴッドファーザーの次に観たアル・パチーノ映画だったので、あまりの落差にゲラゲラ笑いながら観てしまった。中年期以降のアル・パチーノの、やたら大げさな長広舌をぶつ、ちょっと鬱陶しいマッチョなおっさん役者というイメージの始まりはここなのかもしれない。
『恋のためらい/フランキーとジョニー』(1991)は、アル・パチーノとミシェル・ファイファーの二人が再び恋人役を演じた一本。過去に傷もつ中年男女の機微を丁寧に描いたロマコメで、恋愛映画として普通にクオリティが高い。おすすめ。二人がいい雰囲気になって勢いでベッドになだれ込むシーンで、コンドームがないと知ったアル・パチーノがちゃんと行為を中断するのが好感度高いです。一方で、ミシェル・ファイファーの男友だちが、典型的な「ヒロインのゲイ友」なのは時代を感じますね。演じた俳優のネイサン・レインは実際に同性愛者なのですが、だからといってテンプレ的なキャラ造型が免罪されるはずもない。むしろ余計にグロテスクだ。2020年の視点で見直すと新しい発見がありそうな作品です。
「ヒロインのゲイ友」という概念は、つい最近も北村紗衣先生の記事で話題になった。ロマコメに頻出する、ヒロインになにかと世話を焼いたり恋愛のアドバイスをしたりするゲイ男性のことで、やたら異性愛者に都合のいいキャラであるのが特徴。異性愛者の承認欲求を満たすために同性愛表象を利用しているとして、近年は批判の対象になっている。
【2023.6.14 追記】
血色感抹殺リップが溜まってきたのでまとめてレビューしました。