夏、大人はフランスパンを一本丸ごと一人占めする。

わたしが思う、最も美しい夏の描写のひとつは、ヘッセの『車輪の下』で活写される夏である。

 

夏休みはこうなくてはならない。山々の上にはリンドウ色に青い空があった。幾週間もまぶしく暑い日が続いた。ただときおり激しい短い雷雨が来るだけだった。川はたくさんの砂岩やモミの木かげや狭い谷のあいだを流れていたが、水があたたかくなっていたので、夕方おそくなってもまだ水浴びができた。(中略)森のはずれには、柔らかい毛のある、黄色い花の咲く、堂々としたビロウドマウズイカが長くきらびやかに並んでいた。ミソハギとアカバナ属が、すらりとした強い茎の上でゆれながら、谷の斜面を一面に紫紅色におおうていた。モミの木の下には、高くそそり立つ赤いジギタリスが厳粛に美しく異様にはえていた。その根生葉には銀色の柔らかい毛があって幅が広く、茎が強く、萼上花は上のほうに並んでいて美しい紅色だった。

 

── ヘッセ『車輪の下』高橋健二訳 新潮文庫 p.39

 

物語の舞台は、ドイツ南西部の山岳地帯シュヴァルツヴァルト。のちにエリートコースをドロップアウトする主人公にとって、過酷な受験戦争を突破した直後のこの夏休みは、早すぎた人生のピークともいえる時期である。早熟な才能の短さナイーブさとも重なって、美しくも残酷に印象づけられる盛夏の情景だった。

 

生まれながらに障害者で、エリートコースには縁がないわたしにも、季節は平等に訪れる。そのありがたみをめいっぱい享受するためにも、意識して季節の移り変わりをお祝いするのがわたしのモットーだが、今年の夏はなかなかに切り替えが遅いようだ。7月半ばらしからぬ肌寒さと、もはや梅雨なのか常態なのかわからない雨天が長々と続いている。

そろそろ、太陽を見たい。以前の記事で “日光にあたると社会に責められているような気分になる” と書いたが、その一方で、日光を浴びるとリフレッシュされるときがあるのも事実だ。
燦々と輝く太陽は、あたかも “健常” の象徴であるかのようにわたしを責めることもあるが、わたしを黙って温めてもくれる。文字通り日の出から日没まで、わたしを明るく照らしてくれる。

 

夏、やりたいことはたくさんある。

冬服を虫干しすること。

シーツを洗って、からっからに乾かすこと。

お友だちに教えてもらった少し遠くのパン屋さんに行って、フランスパンを買って、一本丸ごと一人占めして食べ尽くすこと。

夏コスメを買うお金はおそらくないが、お店に眺めに行くだけでも楽しい。

日々の義務の合間に、少しずつ実行していこう。“生活” は常に地獄だけれど、生活の合間には人生が無限に広がっている。

 

ひとつひとつ予定表に書き出している。もう大人なのだから、子どものように予定を夢想してにやけていても、誰も咎めない。

わたしは自由なのだ。自分で自覚しているよりも、もっと。

 

 

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以前に書いた記事。誰にでも平等に寄り添ってくれる時間というものに対する雑感。

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夏は紫外線対策が欠かせない。雨天でない限り、外に出るときは日焼け止めを塗るようにしている。大雨であっても毎朝必ず塗る人もいるらしくてびっくりしたことがあるが、ピルの休薬期間中にも偽薬を飲み続けるのと同じで、絶対的な習慣として身体に叩き込むためには賢い方法なのかもしれない。それくらい、紫外線対策は大事。もちろん、日焼け止めを無駄につけることによる肌荒れリスクも考えられますが、多くの場合、うっかり塗り忘れたときの紫外線の害のほうが大きい。

例年通り、紫外線予報のUVさらさらジェルをストックしています。

 

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以前に紹介した記事。ADHDでも継続できる日焼け止めの7つの条件について。

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